3月10日にキーボードプレイヤーのキース・エマーソンが死去した。「対談の予定もあったんだよ。
残念です」と追悼コメントを出したのは、小室哲哉だ。
そう。実は、かつての小室はロック少年だったのだ。数台のキーボードがプレイヤーの周りをぐるりと囲むあのステージも、キース・エマーソンからの影響。給食の時間にゲリラ的にT-REXの曲をかけてしまった中学校の後輩・浦沢直樹と親交が深いのも当然で、まさに70年代ロック黄金期の音楽を一身に受けて育ったミュージシャンなのである。

これ、周知の事実・経歴のような気がしないでもないが、小室全盛期と言われる90年代には、こうしたバックボーンが彼からは全く見えなかった。
ダンスミュージックを発信していたからというのも理由の一つだが、それ以上に小室哲哉はモンスター過ぎた。プライバシーが透けて見えず、ヒットメイカーとしての顔しか見ることができなかったのだ。
「CMのタイアップが決まっていて、15秒とか30秒の枠にたまたま作っていたものがハマると、“あ、これはいけるかも”と思ったりはしますね。そう感じたのは今まで10曲くらいですけど」(「Sound&Recording」2011年10月号)
しかし、ブームは去り、遂には「5億円詐欺事件」で逮捕されてしまう。

その後、音楽業界に復帰して地道に活動を続ける小室。私感だが、現在の彼の好感度は当時のそれより遥かに高い気がする。
90年代、タイアップを連発しつつ「売らんかな」の姿勢がこれみよがしだった時代より偏見なく見守れるし、フォロワーもあの頃より随分リスペクトを表明しやすい状況になったと思う。今なら言えるが、私もTMネットワークが大好きだった。

吉田拓郎が小室に「君は本当にずるい」


小室哲哉の偉業は、今さら言うまでもない。1996年4月15日には、オリコンシングルチャートにおいてプロデュース曲がトップ5を独占。オリコンで1位を獲得したシングルは42曲。ミリオンヒットシングルは20曲。1996年から2年連続で高額納税者番付において全国4位を記録。
88年のロンドン留学期にユーロビートの中心「PWLレコード」へ訪れ、ヒット曲制作のメソッドを学んだ経験が花開いた結果と言っていいだろう。

もはや人智を超えた域に達したかのようにも思える“90年代の小室哲哉”だが、正直言って当時は批判も少なくなかった。「なんか、全部同じような曲に聴こえない?」とネガティブな感想を漏らす層も多く、かつてはTMネットワークを愛聴していた筆者でさえ所謂“小室ファミリー”の楽曲は別ものだと捉えていたっけ。ハッキリ言って、琴線に触れなかった。

とは言え、我が世の春を謳歌していた小室。彼は、自身がホストを務めるトーク番組『TK MUSIC CLAMP』(フジテレビ系)へ、音楽界の大先輩である吉田拓郎を招いた。
実際の映像を観るとそこまでキナ臭くはないのだが、拓郎が小室へ放った台詞を文字にすると、かなり強烈なのだ。「わがままな奴だな」「君と結婚すると不幸になるよね」「君は本当にずるいよ」「信用できない奴だもん」「かなりいろんな奴が迷惑してるんだけど、あんまり気にしてないよね?」……。
今の小室には母性本能をくすぐられるところもあるが、当時の小室は圧倒的に強者だったので、拓郎の仕掛けに溜飲が下がった視聴者も多かったはずだ。

「宇多田ヒカルの登場が、僕を終わらせた」


しかし、小室ブームも徐々に沈静化。過去のヒット曲のイメージばかりが求められ、新しい冒険が許されなかった小室による楽曲が飽きられてきた結果である。
「ちょっと違うことをやってみると『小室さん風でいいですよ』って戻されちゃう(苦笑)。『あの曲のあんな感じでいいじゃないですか』って、例を僕の中から出してくるんで。
小室哲哉を僕がマネしなきゃいけなくなってくるような事が起き、すごく冷めていく自分がいて」(NHK『ミュージック・ポートレイト』2015年12月7日放送より)

いや、それだけではない。ブーム終焉のきっかけについて、小室は明確に分析している。宇多田ヒカルの「Automatic」を聴いた瞬間、彼は確信したという。
「『これ、売れるだろうな』の恐怖感というか。『なんて自由にやれてるんだ、いいなぁ』って。単純に、羨ましいなっていう」
「新しいことをやりたくて、僕もわかってたのに、できない。
自分ではやらせてもらえない。あんなに歌謡曲から新しいものに行こうと思ってた自分が、今度は古い方のものになってる感じだよね」(NHK『ミュージック・ポートレイト』2015年12月7日放送より)

今では、小室自身が「ヒカルちゃんが僕を終わらせた」と公言している。ちなみに宇多田ヒカルが最も好きな邦楽曲は、TMネットワークの「Get Wild」だそうだ。

事件という大山を越えた小室哲哉による“人間宣言”


2008年11月4日、小室は5億円の詐欺容疑で逮捕された。
「事件とかでご迷惑かけたりしてても、音楽があったからこうやって話させてもらえてる」(フジテレビ『ボクらの時代』2015年8月9日放送より)

事件以降の小室に触れ、初めて彼の素性が我々にもクッキリ見えてきた。昨今の彼は新たなファン層も獲得しつつ、いい具合に歳を重ね、変容してきているように思える。
「僕はもう、大山を越えちゃった感じもあるので。『そんな事ないよ』って言われるかもしれないけど、褒めてもらう事の方が増えてきた感じもあるので。すごく、ありがたいなって思ってます」(フジテレビ『ボクらの時代』2015年8月9日放送より)

そして、90年代の小室ブームで蒔いた種が再び花開いている感もある。
「90年代とか80年代の僕の音楽が“最初に買ったCD”だったって、今になって言ってくれる人がすごい増えてて。『あの時、これで受験勉強がんばれました』『就活を乗り越えられました』『失恋した時、助かりました』……。えっ、こんなにいるの!? って。『お前、一応綴っといて良かったね』って、励ましてもらってるところはあるかもしれない」(NHK『ミュージック・ポートレイト』2015年12月7日放送より)

時代の頂にいた当時の小室と比べ、現在の彼はかなり母性本能をくすぐる存在になったと思う。かつての過ちを悔い反省する様子は、90年代の覇者による“人間宣言”と受け取れなくもない。

そんな現在の小室哲哉は、時にこんな思いまで口にしてしまう。
「ここのところ、21世紀になったなと感じる事が多い。ハイテク、IT、音楽配信とか、色々やれる事が見えてきた。もし、今の自分が20代だったら……。だから、平成生まれくらいだったら良かったかなあって(笑)」(フジテレビ『ボクらの時代』2015年8月9日放送より)

まさに、剥き身。こんな屈託なく母性本能をくすぐるセリフを発する人だなんて、かつては思いもしなかった。
(寺西ジャジューカ)
※イメージ画像はamazonよりTM NETWORK 30TH ANNIVERSARRY SPECIAL ISSUE 小室哲哉ぴあ TK編 (ぴあMOOK)