今、1番面白い野球漫画はなにか?

個人的にはぶっちぎりで「ビッグコミックスペリオール」で連載中の『江川と西本』だと思う。ドラフト1位指名3度の怪物・江川卓とドラフト外入団の雑草・西本聖のキャリアを振り返る本作。

彼らが活躍していた80年代の巨人は、地上波ナイター中継が毎晩余裕で20%超えの黄金期真っ只中。いわば江川や西本は、当時の日本で有数の視聴率を取れる社会的スターでもあったわけだ。

あのドラフト史に残る江川事件「空白の1日」で球界が揺れていた79年生まれのイチ野球ファンとしては、どれだけ当時の映像や新聞を後追いしてみたところで、いまいち伝わらない現場の「熱」を鮮明に描写してくれている。

最新巻の第5巻では、ルーキー江川が投げる79年4月の2軍戦にロッテの太々しいルーキー落合博満が登場と、両者の未来を知る読者にとってはたまらない展開。そして、もう1人の主役西本はこの落合と10年後に同じユニフォームを着ることになるのだから、野球人生一寸先はハプニングである。

中日にトレードされた西本聖


86年オフ、落合は1対4の大型トレードで中日へ移籍。87年オフに、江川が32歳の若さで現役引退。
さらに88年オフには西本が中日へとトレードされる。(交換相手は捕手の中尾孝義)。

80年から6年連続二桁勝利と巨人ローテを支えた西本だが、時代は昭和から平成への変わり目。90年代突入を前に巨人はこの年限りで王監督が辞任、藤田新監督のもと世代交代に邁進し新しいチームへと生まれ変わろうとしていた。
そのために若手投手を引っ張れる実績のある捕手を必要とし、投手コーチと度々衝突していた32歳のベテラン西本が放出されたというわけだ。

江川へのディスりも…過激だった告白本


この移籍の際に、反骨の男・西本は前代未聞の『さらば巨人軍』という過激な告白本を出版している。初版発行は89年5月18日。
つまり新天地での開幕直後に発売された1冊は、5月25日には6刷とかなり売れまくっていたらしい。

28年前の本なので正直に感想を書くと、よく西本はこれで出版OKしたなという巨人を挑発しまくりの言葉の数々。「オサラバ巨人、よくきた中日」「巨人選手、3日やったらやめられない」「これが巨人殺しの投球だ!」と編集者とゴーストライターの悪ノリというより暴走に近い内容に仕上がっている。

とにかく異端の存在だった西本。チームでも孤立しがちで、81年の沢村賞獲得時に祝福してくれたチームメイトは、同期の定岡正二ただひとりだったという。さらに、巨人が仲良しグループになった原因は江川さんにあると長年のライバルをディスり、対照的に自分と同じく一匹狼タイプの若き桑田真澄を称賛。

ちなみに長嶋派と思われがちな西本だが、実は王貞治の大ファンで、本人から直接貰ったバットやグローブを大切に家宝として保管する意外な一面もカミングアウトしてみせる。

衝突を繰り返した故・皆川睦雄氏と西本聖


恐らく、この本で最も言いたかったのは事あるごとに衝突を繰り返した故・皆川睦雄投手コーチとの確執の真相だろう。

練習の鬼と呼ばれる西本の行動は時にスタンドプレーと批難されることもあり、フロントや監督から「コーチはなにをやってるんだ」と言われないために立ち回る皆川コーチの姿。いつの時代も選手を守るどころか、自らの保身に燃える中間管理職の悲しい性は部下のモチベーションを著しく低下させる。
その両者の険悪な関係を修復させようと、長谷川球団代表から「和解ゴルフ」を準備されるも、王監督の前では理解ある大人を演じ続ける皆川コーチの姿に怒りを通り越して呆れる元エース。

結局、マスコミからも「ゴルフは茶番劇」と格好のネタとなり、88年はたったの4勝に終わり、もはや反骨の男西本のハートの火は消えかかっていた。

宣言通り? 移籍1年目に20勝を挙げる


そんな時に絶妙のタイミングでのトレード成立だ。
とは言っても、西本も定岡と同じく「トレード拒否して引退」の道も一瞬考えたと言うが、すぐに「巨人相手に投げられる。こりゃ面白い」と思考の切り替え。すでに引退していたライバル江川不在の心の空白を、「巨人を見返す」という新たな目標で闘志を燃やしたのである。とは言っても、前年4勝の32歳ベテラン投手。復活は難しいと誰もが思った。

しかし、西本は恐らく開幕前に書かれた本の中でこんな宣言をしているのだ。
「ライバルはいないが目標がある。中日の星野仙一監督の勝ち星を超えることだ。監督の通算勝利数は146勝だから、シーズン前でその差は20勝」と。

そして89年シーズン、西本は中日1年目で本当にキャリア初の20勝を挙げ、念願の最多勝タイトルを獲得。……って漫画じゃなくて現実の話だ。恐ろしい男である。


この後、中日、オリックスと渡り歩き、94年には長嶋監督が指揮を執る巨人にテスト入団するも登板なしで現役引退。こうして、晩年は「江川と西本」から「巨人と西本」へと変化したライバル関係も終わりを告げたのである。
(死亡遊戯)


(参考資料)
『さらば巨人軍』(西本聖/アイペック)