突然ですが、“国際派日本人俳優”といえば誰を思い浮かべるでしょうか?
真っ先に挙げられるのは、きっと渡辺謙でしょう。映画史に明るい人なら、早川雪洲と答えるかも知れません。


では、“国際派日本人ミュージシャン”といえば?『SUKIYAKI』で米ビルボードチャート週間1位に輝いた坂本九や、『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞を受賞した坂本龍一あたりを連想する人は多いはずです。

では、“国際派お笑い芸人”といえば?……そう。全くいないのです。

日本の笑いはアメリカでも通用するのか?


数々の名画で国際的評価を勝ち得た北野武も、ハリウッド映画『メジャーリーグ2』に起用されたとんねるずの石橋貴明も、結局はお笑い以外の領分で世界進出を果たしたにすぎません。
全米を爆笑の渦に巻き込んだ日本人コメディアンは、今まで存在していないのです。

やはり「笑い」は他の芸能よりも特殊なジャンルであり、かつ、“その文化圏における内輪ネタ”ともいうべき共有感が必要ゆえに、ワールドワイドに活躍できるタレントは生まれにくいのでしょうか……。
いや、そんなことはない! という気概で、「日本の笑いは、はたして、アメリカでも通用するのか?」を検証する壮大なプロジェクトが、今から16年前に行われたのをご存知でしょうか?

電波少年の企画『アメリカ人を笑わしに行こう』


プロジェクトが行われたのは『電波少年』(日本テレビ系)において。国際派芸人としてアメリカ人を笑わせる特務をTプロデューサー直々に仰せつかったのは、誰あろう、ダウンタウンの松本人志でした。


Tプロデューサーはこの企画に並々ならぬ意欲を持っていたらしく、かねてより松本に「松ちゃん、ハリウッドに一緒に移住して、隣同士で家建てようよ~」と口説いていたのだとか。
日本での栄誉を飽食し尽くしていた当時の松本にしても、この挑戦はかなり魅力的に映ったに違いなく、『電波少年的松本人志のアメリカ人を笑わしに行こう』は実現したのです。

「日本人の笑いが100点だとしたら、アメリカ人は65点」との仮説も


企画の開始にあたり、松本は一つの仮説を立てます。
それは「日本人の好きな笑いのレベルが100点だとしたら、アメリカ人の好きな笑いは65点くらい。65点を100%の力でつくったら、アメリカ人も笑ってくれるのではないか?そこから徐々に自分の世界観を浸透させていけばいいのではないか…」と。

松本は、1991年より米国に拠点を置いて活動している、盟友・野沢直子にもアドバイスを求めます。
野沢がいうには「アメリカ人と日本人の笑いのツボには、重なっているところはある。
でも、そこを突き詰めるとすごい単純なものになる」
と答えていました。

試行錯誤の末に出来上がった力作『佐助(SASUKE)』


これらの持論と助言、さらには自身のコントDVD『VISUALBUM』の米国内におけるモニタリング調査などを参考に、松本は腹心の放送作家数人と共に脚本を練り上げ、ロサンゼルスで一本の映像作品を撮影します。
それは『佐助(SASUKE)』という名の短編映画でした。

日本にテープを持ち帰ったあとも編集と試写を7度も繰り返し、試行錯誤の末に完成したこの力作を携え、松本は再びアメリカへと飛びます。もちろん、アメリカ人に見てもらうためです。

松本も出演、ベビーシッターの忍者役を務める


『佐助(SASUKE)』は、留守番をしている少年のもとに、ベビーシッターとして忍者(松本)がやって来るというストーリー。
リサーチの結果わかったアメリカ人の嗜好(繰り返しの笑い「天丼」が好きなど)をベースにしつつ、ところどころで日本的な笑い(ボケとツッコミ)を入れるという、実験的な作品となっていました。

「そこでそんなに笑う?」という個所もあれば、「そこは笑わないんだ…」という個所もあり、微妙な感覚の祖語こそあったものの、現地人の評価は概ね好評。
「あのコメディアンは将来売れると思うよ!」とお褒めの言葉もいただいていました。

『アメリカ人を笑わしに行こう2』の行方は?


後に『佐助(SASUKE)』について振り返った際、「あれは送りバントを打ちにいった」と松本は語っています。

これまで「俺らのレベルに視聴者がついてくればいい」というスタンスで、革新的な笑いを次々と生み出してきた松本にとって、ここまで緻密な分析をもって「ターゲット層にウケるための笑い」を紡ぎ出したのは、ほとんど初めて。ましてや言葉も文化も全く異なる米国向けの作品とあって、上映会に臨む際は、相当緊張しているようでした。
それゆえ一定の成果が得られ、同時に課題も見つかったこのチャレンジは、彼にとってかなりの刺激と達成感をもたらしたようです。

上映終了後、松本に対して、Tプロデューサーは「さぁ、それで『アメリカ人を笑わしに行こう2』はどうしますかね?」と訊いていました。
「今言われたね、ちょっと僕もテンション上がってますからね~。…いやいやちょっと考えさせてください」と、笑ってごまかしていた松本。

既に齢50を超えて、大御所となった今の彼が再び渡米することは現実的に考えにくいですが、このプロジェクトを引き継ぐ挑戦的な芸人がまた現れて欲しいものです。
(こじへい)

※イメージ画像はamazonよりHITOSI MATUMOTO VISUALBUM “完成"【豪華5枚組『寸止め海峡(仮題)』よりコント3本を追加収録】 [Blu-ray]