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圧倒的な話術……上岡龍太郎の伝説的な弔辞とは?

2017年10月12日 22時28分

ライター情報:こじへい

上岡龍太郎(※写真はイメージです)

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横山ノック……。90年代に少年期を過ごした人にとって、彼といえば「強制わいせつ事件を起こした大阪府知事」のイメージが強いはず。「いつまで 大阪府の知事をいじめたら 君ら君! 気が済むんだぁー!」とカメラの前でブチキレたかと思えば、裁判では一転、起訴内容を全面的に認めたその変わり身の早さは、もはやギャグの領域でした。

そんな晩節を汚したノックのイメージ回復に少なからず貢献したのが、47年間苦楽を共にした盟友・上岡龍太郎です。
2007年6月7日に開催された「横山ノックを天国へ送る会」にて、彼が披露した献杯の挨拶は、芸能界引退から当時で既に7年経過していたにもかかわらず、なおも錆びつかない話芸で人間・横山ノックの魅力を情緒豊かに伝えていました。

ノックに育てられた上岡龍太郎


ノックさん あなたは僕の太陽でした。

こんな一言から、上岡の口上は始まります。

2人が出会ったのは、1960年。
お笑いコンビ「横山ノック・アウト」を解散したばかりのノックは、ジャズバンドの司会などで活躍していた上岡(当時18歳)の才能を見抜き、笑いの道へ誘います。彼らは、上岡のロカビリーバンド時代の仲間を加えた3人組の漫才ユニット『漫画トリオ』を結成。
司会者として既にしゃべりに長けていた上岡でしたが、本格的な漫才をするのはこれがはじめて。それゆえ、10歳年長で芸歴も遙か上のノックに、優しくも厳しく指導されたそうです。

あなたの熱と光のおかげで、僕は育ちました。

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ライター情報: こじへい

中高生の頃はラジオのハガキ職人で、今はフリーライター。求人広告、映画・音楽・芸能関連のコラム、ほぼ経験の無い恋愛記事など、何でも書きます!

コメント 4

  • 匿名さん 通報

    上岡龍太郎さんの弔辞とタモリさんの弔辞はまさに双璧。ほんの短いセリフでもカンペに頼る最近のタレントは爪の垢を煎じて飲むべきだ。

    10
  • 匿名さん 通報

    こういう芸能人同士の馴れ合いには反吐が出る。

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  • 匿名さん 通報

    上岡さんの弔辞映像見て侮蔑的な批判する方。 もう一回小2ぐらいからやり直したほうがいいですよ。

    3
  • 匿名さん 通報

    糞芸能人の糞馴れ合いを美談に仕立てるマスゴミ。

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