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懐かしの球場グルメ、思い出の下宿飯 そして忘れてはならない「先人の苦闘」

2017年10月7日 16時30分 (2017年10月8日 11時52分 更新)

広島市民球場の「カープうどん」

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越智正典 ネット裏】東京ドームの21番入り口の隣が野球殿堂博物館で企画展「プロ野球 東京のロストボールパーク」が開かれている。11月19日(日)まで。(担当筆谷敏正関口貴広茅根拓)。

 …昔、西鉄ライオンズが疾風怒濤の「強大王国」となる前夜、福岡の平和台球場には、お客さんサービスの場内放送のレコードが二枚しかなかった。そういえば1952年3月開局の北海道放送(札幌)でもレコードが二枚しかなかった(ラジオ時代)。一枚は津村謙の「上海帰りのリル」だった。そういう時代である。

 平和台球場の一枚は「鞍馬天狗」。“正義の味方鞍馬天狗”は49年巨人を戦後初優勝に導きながら窓際に追いやられ、51年、決然、西鉄の監督になった三原脩。三原は毎日、試合前に選手のロッカールームを点検。整理整頓。三原のチームづくりはここから始まった。

 今年も広島が見事にリーグ優勝したが、昔、広島市民球場の「カープうどん」はおいしかった。優勝チーム編成の殊勲者、苑田聡彦(スカウト統括部長)はそのころ、試合前の練習が終わり、先輩にいいつかると買いに行き、汁がこぼれないように大事に運んでいた。このような積み重ねが彼を見事な男にした。

 ナゴヤ球場のバックスクリーンのうしろの串かつの店はたのしかった。チェンジになると行列が出来る。順番が来ると、気合いが入った声で「ソースにしますか、味噌にしますか」。味噌というと味噌だれの大きな瓶にドボン。

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