2005年1月7日
いよいよ1月9日から開始とあって、ガイド本もぞくぞく。写真は、『義経』(日本放送出版協会)。
義経と桜と戦艦大和。日本人の涙腺を緩ませる三大テーマである。
さて、今年の大河ドラマで話題沸騰中の「義経」であるが、義経が最初に戦ったのは、「平家」でなく「源氏」であることはご存知だろうか?
「歴史には裏と表がある。単純なものではない」という言葉があるが、まさにそのとおりである。
義経の最初の合戦相手は木曽義仲。義経のいとこである。
打倒平家の野望に燃える義経の最初の合戦相手が「源氏のいとこ」というのもこれまた凄い話である。
なんでまたそんなことになっちゃったのか?
昨年12月に、木曽義仲が登場する小説を出版された、時代小説作家の鈴木輝一郎氏によると、
「一言で言えば、京を荒して、治安を悪くしたからですね」
とのこと。
木曽義仲の軍は、京で兵糧の現地調達を行った。と、言うと聞こえがいいが、まあ、有り体に言えば「強盗の大軍団がやってきた」のと大差はない。
「仕方のない側面はあるんですよ」と、鈴木氏は語る。「木曽義仲は、京に進軍する前に、源頼朝に地元木曽に攻め込まれています。そのときに頼朝は食料を洗いざらい持っていってしまったのでしょう。その結果、京で兵糧を現地調達せざるを得なかったというわけです」
それで、後白河法皇が頼朝に「打倒義仲」の密勅を出し、義経が派遣されたというわけである。
「木曽義仲」という武将は、名前はよく知られているが、どんな人か、何をした人かは意外に知られていない。彼は前述の通りで、頼朝のいとこである。生まれは1153年、父は帯刀先生義賢、義朝(頼朝、義経の父)の弟である。
二歳の時に父親を悪源太義平(義朝の息子で頼朝の兄。甥にあたる)に殺される。すでにこの頃からきな臭い人生であるが、当時の武士というものはそういうものなのかもしれない。
一躍武名を轟かせるのは、倶利迦羅峠(くりからとうげ)の合戦で、10万騎の平家軍をおよそ5万騎の兵で破る。軍事能力は桁外れに高かった。
京に進軍して後、征夷大将軍の称号を受ける(実は、頼朝よりも早く将軍になっているのである)。その後、義経率いる頼朝軍に追われ、1184年没。
まあ、なんともはや、私たちから見ると波乱万丈な人生。
おとーさんをいとこに殺されるなんて…と思うが、そこは武家社会、しかも900年以上も昔の社会である。私たちとは全く違う規範があったとしても不思議ではない。
源氏と平家、現代の私たちは単純に「敵、味方」で見てしまうが、例えば、流罪の頼朝を助け、妻となる北条政子の実家、北条氏は平家である。
後に鎌倉幕府は、源氏直系は途絶え、北条執権政府となるから、いいかえれば「鎌倉時代」とは「平家の時代」とも言えるのかもしれない。
「歴史には裏と表がある」とは言い得て妙。見方によってはいかようにも変わるところが歴史の面白さ。いつの時代も人間関係は難しい。
今年の大河ドラマは、タッキーだけでなく、人間関係にも注目だあっ!(バーバラ・アスカ)
さて、今年の大河ドラマで話題沸騰中の「義経」であるが、義経が最初に戦ったのは、「平家」でなく「源氏」であることはご存知だろうか?
「歴史には裏と表がある。単純なものではない」という言葉があるが、まさにそのとおりである。
義経の最初の合戦相手は木曽義仲。義経のいとこである。
打倒平家の野望に燃える義経の最初の合戦相手が「源氏のいとこ」というのもこれまた凄い話である。
なんでまたそんなことになっちゃったのか?
昨年12月に、木曽義仲が登場する小説を出版された、時代小説作家の鈴木輝一郎氏によると、
「一言で言えば、京を荒して、治安を悪くしたからですね」
とのこと。
木曽義仲の軍は、京で兵糧の現地調達を行った。と、言うと聞こえがいいが、まあ、有り体に言えば「強盗の大軍団がやってきた」のと大差はない。
「仕方のない側面はあるんですよ」と、鈴木氏は語る。「木曽義仲は、京に進軍する前に、源頼朝に地元木曽に攻め込まれています。そのときに頼朝は食料を洗いざらい持っていってしまったのでしょう。その結果、京で兵糧を現地調達せざるを得なかったというわけです」
それで、後白河法皇が頼朝に「打倒義仲」の密勅を出し、義経が派遣されたというわけである。
「木曽義仲」という武将は、名前はよく知られているが、どんな人か、何をした人かは意外に知られていない。彼は前述の通りで、頼朝のいとこである。生まれは1153年、父は帯刀先生義賢、義朝(頼朝、義経の父)の弟である。
二歳の時に父親を悪源太義平(義朝の息子で頼朝の兄。甥にあたる)に殺される。すでにこの頃からきな臭い人生であるが、当時の武士というものはそういうものなのかもしれない。
一躍武名を轟かせるのは、倶利迦羅峠(くりからとうげ)の合戦で、10万騎の平家軍をおよそ5万騎の兵で破る。軍事能力は桁外れに高かった。
京に進軍して後、征夷大将軍の称号を受ける(実は、頼朝よりも早く将軍になっているのである)。その後、義経率いる頼朝軍に追われ、1184年没。
まあ、なんともはや、私たちから見ると波乱万丈な人生。
おとーさんをいとこに殺されるなんて…と思うが、そこは武家社会、しかも900年以上も昔の社会である。私たちとは全く違う規範があったとしても不思議ではない。
源氏と平家、現代の私たちは単純に「敵、味方」で見てしまうが、例えば、流罪の頼朝を助け、妻となる北条政子の実家、北条氏は平家である。
後に鎌倉幕府は、源氏直系は途絶え、北条執権政府となるから、いいかえれば「鎌倉時代」とは「平家の時代」とも言えるのかもしれない。
「歴史には裏と表がある」とは言い得て妙。見方によってはいかようにも変わるところが歴史の面白さ。いつの時代も人間関係は難しい。
今年の大河ドラマは、タッキーだけでなく、人間関係にも注目だあっ!(バーバラ・アスカ)
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