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「子どもの仕事」は昭和の思い出なのだろうか

上:この家に住んでいた小倉紀子さん、下:お手製鰹節削り

 久が原の「昭和のくらし博物館」に来てみたら、偶然この家の3女だったという小倉紀子さんにお会いできた。
 ここは館長で生活史研究家の小泉和子さんの実家をまるごと博物館にしたところだが、彼女は和子さんの妹さんとのこと。現在は菊名にお住まいで、週に1回程度はこちらの「実家」に来ているのだそう。展示物を鑑賞するだけでは飽き足らなかったので、紀子さんに「昭和の暮らし」について生取材してみた。

「この新築部分の建物は昔は鶏小屋だったんですよ。ええ、玉子を取るために…。オス1羽、メス3羽飼ってました。」
「ここにはヘチマ棚とぶどう棚があってね。ええ、ヘチマはほら、体を洗ったりするのに使ったんですよ。」
 こういう思い出話も、昭和のくらし博物館で聞くとしみじみとリアルでいい。そこの庭先におかっぱ頭の少女がニワトリを追う姿が見える…とまではいかないが、まぁそれに近い映像喚起力である。やはりこの博物館はそれなりの世代の人と来て、無形展示物の「記憶」をサカナに鑑賞するのがおすすめである。

 紀子さんに「ここの展示物で一番思い入れがあるのは?」と聞いてみると、即答してくれたのが写真の「鰹節削り」。何でもこれは度量衡の職人さんだったという紀子さんの祖父のお手製らしく、彼女にとっての子ども時代の思い出といえばこれなんだそうだ。
「夕飯の時間になると、鰹節を削るのが子どもの仕事だったんですよ。本当に毎日毎日、これを使っていたんです。」

 自分をふと省みると、「子どもの仕事」なんてあったっけな、と思う。豆腐屋さんにお鍋を持って買物に行く子どものように、それはすでに「失われてしまった」もののように感じる。(みと)

「これが子どもの仕事だった」といえる思い出をお持ちの方は、良かったらnews@excite.jpあてに教えてください。

2004年2月23日 00時00分

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