昨今、「スーパー銭湯」に出向く人は多いと思う。しかし、そこから「スーパー」の文字を外した、スタンダードな「銭湯」に訪れる人は多いか? 少なくとも、私の周りにはいない。
思うに自分も、ここ数年は行っていないかも。ウチに風呂はあるし、わざわざ行かないというのが実情だった。

だけど最近の尋常ではない寒さには、私も久々に銭湯への食指が動いたというか。
そして、たまに行くならこんな銭湯。10数年ぶりに向かった銭湯は、東京都荒川区にて営業する「斉藤湯」。こちらの湯を味わうことに決めました。


それにしても、どうして「斉藤湯」を選んだのか? それは、コチラには“日本で唯一の三助(さんすけ)”である、橘秀雪さんがいらっしゃるからだ。
この「三助」という言葉、皆さんには聞き馴染みがないと思う。説明しよう。銭湯には“番頭”という役職があり、昔は一つの銭湯に数人の番頭がいた。そして、最も偉い番頭を“一番番頭”と呼ぶ。
番頭さんは一日の燃料を用意したり、湯加減の調整をしたり、浴室内の掃除をしたり、様々な仕事を抱えている。
だが、一旦営業が始まれば、一番番頭は途端に暇になるそうなのだ。後輩の番頭に、湯加減などの指示を出しておけばいいから。
そこで一番番頭は、お客さんの背中を流したりマッサージをする「流し」を行うことになった。「流し」をしたり、かまだきをしたり、番頭をしたり、様々な仕事を掛け持ちして助ける。そこから、この役職を「三助」と呼ぶようになった。ということは、三助には一番番頭しかなれないのだ。

ちなみに、この「三助」というネーミングはお客さんが名付けたもので、プロの側が「お~い、三助!」という使い方をすることはない。

そんな三助も、今や斉藤湯にしかいないのだから、体験しない手はない。まずは番台で入浴料450円(12歳以上)と、「流し」料金400円を支払うと、「ながし」と書かれた木の札を渡される。浴室に入り、この木札をわかりやすい所に置いておく。イキな人は、木札を濡らして鏡にペタッと貼り付けておく。すると、橘さんがやって来て体を洗ってくれるのだ。


私も、カッコつけてそれを実践。そうすると、奥から味ありまくりのお父さんが登場。この方が、“日本で唯一の三助”である橘さんだ。
まずは、あかすりで背中をゴシゴシしてくれる。「痛いかも」と予想していたのだが、実際は全然痛くない。そして、腕、肩、腰と洗い進めてくれる。
その後は、マッサージ。肩はもちろん、腕や背中や腰のツボを押す。肘を使って肩を押してくれたり、テクニックも豊富! そして、痛みがまったくない。それなのに、洗ってくれた腕を見ると真っ赤になっているのだから、洗い残しは皆無。これぞ、匠の技である。

この橘さんは、昭和14年生まれの71歳。
15歳で富山県氷見市より上京。斉藤湯の初代・ご主人夫婦の奥さんと親戚だった橘さんは、斉藤湯にそのまま就職。以来、50年以上を斉藤湯と共に生きてきた。

橘さんの一日の仕事は、昼の12時の「かまだき」に始まる。そして、夕方4時から営業開始。営業中は「流し」をしたり、浴室の整理をしたり。そして営業終了後の掃除で1日の仕事が終了。この頃になると、時計の針は深夜の1時を指している。

そして、私が体験した「流し」だが、これは誰かが手取り足取り教えてくれたわけではなかった。では、誰が“先生”になってくれたかというと、お客さん。昔のお客さんは肉体労働の人も多く、クタクタで銭湯に訪れる。なので、「流し」に対する注文も具体的。「腰を押してくれ」「肩をもっと揉んでくれ」というリクエストを聞いていくうちに、橘さんも「流し」のテクニックを覚えていった。
昔は家庭にお風呂もなく、銭湯は労働者にとっての憩いの場。1日に40~50人のお客さんを相手に「流し」をする事もあり、橘さんにとっては嬉しい悲鳴。ちなみに、私は夕方の5時くらいにお伺いしたのだが、橘さんに「僕は今日で何人目ですか?」と質問したところ、「3人だよ。全然ヒマだよ(笑)!」と橘さんも自嘲気味。現在、1日に「流し」を頼むのはだいたい5人程度で、多い日でも10人程度だという。橘さんも「寂しいよ~」と漏らすほどなので、興味がある人は体験しに行ってほしい。

実際、土日になると「流し」目当てで斉藤湯に訪れる人もいる。遠くは北海道や九州、大阪から、橘さんの「流し」を体験しに来るお客さんがいるのだ。これは、東京に用事があったとき、「せっかく東京に来たのだから、斉藤湯に行ってみたい」と、楽しみにしていた人たち。そのお客さん方からは年賀状も届くというのだから、いかにも“下町の風呂屋”らしき触れ合い。まるで、ドラマのようだよ!

そして、斉藤湯では毎月1回、天然素材を使った「変わり湯」を実施。冬季は、きんかん、たんかん、ぽんかんを入れるのだが、これは鹿児島県の南さつま市と屋久島より「是非、使ってください!」と無償で送ってきてくれるもの。
2月には、「斉藤湯」を営む斉藤家の奥さんの実家・栃木県茂木町より、奥さんのお父さんが送ってきてくれる。夏季は、栃木よりよもぎを送ってくれ、それを使った「変わり湯」を。
「みんなには感謝しても、しきれねぇんだよ~!」と、斉藤湯のご主人も感慨深げ。

これぞ、下町の物語。「流し」と「変わり湯」を体験しに、荒川区に足を運んでみてもいいのでは? ちなみに、「流し」は女性にもやってくれるというから、お風呂好きの女子もドンと来いです。
(寺西ジャジューカ)