子供のころ、不思議に思った。シヤチハタのハンコ(Xスタンパー)は、どうやってゴムからインクが出てくるんだろうって。

手作りした消しゴムのハンコは、1回捺したらインクが薄くなるのに、シヤチハタはそうならない。それが単純に不思議だと。

でもいつからか、そういうもんだよっていうオトナの答えを覚え、特に気にも留めなくなってた。それが最近、興味深い情報を知って、俄然興味が湧いた。なんと、“塩”でゴムからインクを出せるようにしてるというのだ。

シヤチハタと塩、一体どう関係があるんだろう。
シヤチハタに話を伺った。

「無数の連続する気孔を作るのに、塩が最適だったんです」

塩が使われるあたりの工程を簡単に説明すると、ゴムを練り、塩を混ぜ、さらに練ったものを、印面がずらっと並んだシート状にする。それを約80度の熱湯に20時間浸けることで、練り込まれてた塩が溶け、溶けたあとにちっちゃな穴がいっぱい残るって仕組み。
その穴づくりの物質として、塩が最適だったってことらしいのだ。

ところでこの塩って、特殊な塩なんだろうか?
「使用しているのは、食用の塩です。それ以上につきましては、企業秘密になります」

じゃあ、塩であいた穴の大きさってどれくらい?
「これも企業秘密です。
ただ、印面に近づくにつれ、穴を細かくし、つねに最適な量のインキが出るようになっています」
出すぎることなく、かすれることもない絶妙なインク量は、塩が大きく影響していた。

1950年代の開発当初は、作り方を試行錯誤し、ゴムに穴を開ける方法として3つの方法が考えられた。薬品を使って気泡を作る“発泡法”、かき混ぜることで空気の穴を生む“攪拌法”、そしてゴムに練り込んだ物質を溶かして穴を残す“溶出法”。どれも理にかなっていたものの、成形するために圧力や熱をかけたゴムには、かなり粘り気があることから、発泡法と攪拌法は細かな穴が作りにくく却下された。そんな中でうまくいった溶出法が、採用されたって経緯。
方法が決まると、何を練り込んだらいいのか研究が重ねられ、水に溶けると考えられるすべての物質を試した結果、塩が最適だっていう結論にたどり着いたという。


こうしてシヤチハタのハンコは、塩が抜けたあとの穴を使って、ゴムからインクを出してたってわけだ。

ちなみに。塩は完全に溶けて除去したっていうけど、実はハンコが少しだけしょっぱい……なんてことないですよね?
「塩は完全に抜きますので、塩の味はしませんよ」

確認したくても、こればっかりは、そういうもんだよっていうオトナの答えで納得してください。
(イチカワ)