伝説のモノレールともいうべき「姫路市営モノレール」をご存じだろうか。1966年に「姫路大博覧会」への交通手段として開業。
姫路駅から手柄山駅まで3駅1.6kmの距離を運行。営業区間が短いことや、いろいろな事情があって、8年で廃線となった。そんな全国の「産業遺産」を巡っている女性がいる。名前は前畑温子さん。『女子的産業遺産探検』(創元社)の著者で、産業遺産を巡るツアー企画の立案などを行うNPO人J-heritageの設立にも関わっている前畑さんに、産業遺産の魅力について伺った。

「姫路市営モノレールが廃線になったのは1974年。
手柄山駅のホーム等が残っていることは地元の人ですら、知らない人も多いと思います」(前畑さん)

およそ5年ほど前に訪れた時のこと。
係員に「ここから入ってください」と案内されて通された場所は、壁をぶち抜いた穴。
穴をくぐってキョロキョロとまわりを見渡すと、頭上にブルーとシルバーの大きな物体があるのを発見。
いよいよご対面である。

姫路の伝説のモノレール駅跡に産業遺産写真家、前畑温子さん興奮

「めっちゃ、かわいいやん!」
手柄山駅(2008年に特別な許可を得て撮影)

「ドキューン! あまりのかわいさに、心を撃ち抜かれてしまいました」
――そのままの状態で保存されてたんですか?
「駅に隣接して車両基地があったんです。そこから、ホームのあった場所に運びこまれたようです」
ちなみに、駅には廃線する際に行われた式典の時につけられた装飾などが、ほぼ当時のまま残っていたという。

「われわれも早速、見に行きたい!」と思うところだが……
「今は駅ごと『手柄山交流ステーション』としてピカピカにリニューアルされたため、車両等は残っていますが、写真のような面影はありません。写真に映っている広告の看板もありません」
とのこと。

姫路の伝説のモノレール駅跡に産業遺産写真家、前畑温子さん興奮

――そもそも、前畑さんが産業遺産にハマったきっかけは?
「初めて一眼レフのカメラを購入して2カ月後、写真集を見ようとして本屋に行った時に廃墟の写真集を見つけたんです。未知の世界が広がっていることに気付き、『廃墟ってすごい!』と感動したんです。その後、一緒に廃墟に行ってくれる人も見つかり、あれよあれよと、あちこちに行くようになりました」
――それまでは興味はなかったんですよね。
「そうです。
それまでは『ガガガSP』の追っかけをしていました」
――産業遺産と全然、違いますね(笑)。産業遺産を巡ることに、家族は反対しませんでした?
「普通なら、女の子が廃墟に行くのは危ないからといって止めるんでしょうけど、私の両親は『へ~! おもしろそうやん!』と興味津々で送り出してくれました(笑)」

他にもう1箇所、おすすめの産業遺産を教えてもらった。

■発見! 巨大地下空間 (神戸:湊川隧道)

「『私の地元には何かないかな』と思って調べていったら、めちゃめちゃ近くにものすごくかっこいい場所があることが発覚したんです」

姫路の伝説のモノレール駅跡に産業遺産写真家、前畑温子さん興奮
映っているのは、旦那さん。

※映っているのは旦那さん

湊川隧道は450万個もの大量のレンガを使った隧道で、日本初の河川トンネル。
ガイドの方から、さまざまな説明を聞きながら、いよいよ隧道の中へ。下り坂を降りたその先には、巨大な地下空間が広がっていた。
思わず「うわ〜!」と声が上がる。
オレンジ色の照明が水たまりに反射して、まるで別世界。
しかも、前畑さんが大好きなジャッキー・チェンが映画のロケで使ったことがあるという。
「ここをジャッキーが歩いたんかぁ」とうっとり。

ここまで聞くと、前畑さんは男でも近づくのがはばかれるところにも行ってそうだが、前畑さんには意外な弱点があった。その弱点とは……
「実は私、高所恐怖症なんです」
高い所も勇気を出して登ったまではよかったが、降りれなくなって号泣したこともあるとか。

■NPO法人を立ち上げる

ところで、前畑さんはNPO法人J-heritageの設立に関わっている。
設立したきっかけは、ある観光ガイドの方に言われた一言だった。

「ある産業遺産の関係者に『勝手に入ってしまう人がいるから、なくなってしまう物もあるんだよ』と言われてしまったんです。そう言われて、衝撃を受けてしまって」
本来は入ってはいけない所に侵入し、汚したり壊したりするケースが後を絶たない為、関係者も頭を悩ませているという。このままでは、見られなくなったり、壊されてしまう産業遺産が増えるかもしれないとの危機感から、NPO法人の設立に踏み切った。はじめは産業遺産の関係者になかなか相手にされなかったそうだが、たくさんの方々の協力もあり、現在は産業遺産を巡るツアーなども企画している。

「勝手に行って写真を撮って帰るんじゃなくて、ガイドさんの話を聞いてもらえたら……と思います。
ガイドさんの話を通じて分かることも多いし、事前に話をして許可をいただければ、普段は見られないものが見られることもありますし」

■旦那さんも有名な廃墟マニア

実は、取材当日は旦那さんも同席。旦那さんの名前は前畑洋平さん。この名前を聞いて「ピン」ときた方は、確実に廃墟マニアである。※『産業遺産の記録』 (三才ムック VOL. 560: J-heritage、前畑 洋平、黒沢 永紀、 ワンダーJAPAN編集部著)など寄稿も多数。

独身の私は、結婚に至るヒントが欲しくて、お二人を前に藁をもすがる思いでこの質問をぶつけてみた。

――話はガラっと変わって、下世話な質問で恐縮ですが、結婚を決めたポイントは?
温子さん「なんでやろうなぁ」
洋平さん「趣味が合ったのが大きいと思います」
温子さん「この人だったら、何かあっても逃げなさそうだからっていうのはあったかもしれません。私が絡まれても、置いて逃げなさそうだし」
洋平さん「今まで、どんな奴とつきあってんの?(笑)」

いやあ〜、なんて楽しそうなんだ。しかも……

洋平さん「妻は僕が一人で産業遺産に行こうとすると怒るんです」
温子さん「『なんで、連れてかへんの!? せこい!』って(笑)」
洋平さん「怒るのは、こっち(妻)だけなんですけどね」

姫路の伝説のモノレール駅跡に産業遺産写真家、前畑温子さん興奮

う〜ん、終始幸せそうでなによりではないか。付き合い始めて半年後に同棲がスタート。さらに2年後にはゴールインを果たしたそうだ。

はじめは産業遺産が好きな一心で全国を巡っていたものの、気がつけばガイドさんの話に夢中になるようになり、今ではガイドさんのサポート的な役割も果たすようになった前畑温子さん。小さな頃は全く自信が持てない子どもだったそうだが、カメラや仲間や産業遺産に出会ってからは、少しずつ内面が変わってきたとのこと。これからも、前畑さんの産業遺産探検は果てしなく続く。
(取材・文:やきそばかおる/前畑氏撮影:今井健太)

『女子的産業遺産探検』(前畑温子著:創元社)
姫路の伝説のモノレール駅跡に産業遺産写真家、前畑温子さん興奮

「女の子は廃墟に行ったらあかんの? そんなん誰が決めたん?」偶然手に取った廃墟写真集に心うばわれ、廃墟探検に足を踏み入れた一人の女子。夢あり、恋あり、ビールあり、カメラ片手に全国を探検し続ける日々を感動的な光景とともに綴る写真物語。
※表紙に映っているクマの正体は書籍にて。

・女子的産業遺産探検 展
キヤノン・ギャラリー銀座・梅田・福岡にて開催。
※詳細はキヤノン・ギャラリーのサイトにて。

NPO法人J-heritage