日本の国花といえばサクラ。国鳥はキジ、国蝶のオオムラサキもよく知られているが、「国菌」を知っている人は少ないのではないだろうか?

日本の国菌は「麹菌(こうじきん)」(アスペルギルス オリゼ)というカビの一種。
2006年に日本醸造学会によって認定された。

国菌の提唱者、一島英治・東北大学名誉教授によると、
「和食にとって欠かせない醤油、味噌、日本酒、みりん、米酢などの製造は、すべて『麹』から始まります。麹は、麹菌が原料の穀物成分を分解する各種の酵素を作ることによります」
8世紀前期に編まれた「播磨風土記」の中に“カビで酒を醸したと”推定される記載があるとのこと。日本人は1300年も前から麹菌を利用してきたらしい! 
ユネスコ無形文化遺産にも登録された和食、その味のベースを支えているのが麹菌。まさに「国を代表する微生物」というわけだ。

ところで、この麹菌を活用するのは日本独自の文化なのだろうか? 味噌や醤油は中国から伝えられたといわれ、麹菌は東アジアから東南アジアに渡る広い地域で使われているという説もある。
酒類の研究機関、独立行政法人酒類総合研究所にお話を伺ってみたところ、
「中国の酒類にはクモノスカビなどが使われていますが、広い国なのでアスペルギルス オリゼが使われていることもあるかもしれません。しかしお酒に味噌、醤油と、オリゼに首まで浸かっているのは日本だけだと思います」

確かに私たち日本人は麹菌にどっぷり浸かっている状態。もはや麹菌なしには生活できない。
ここでふと疑問がわいた。もしかしたら麹菌はその“おいしい”という特徴を武器に、人間をうまく利用して繁栄を極めているのではないか? 私たちは逆に利用されているのでは……
同研究所にこんな疑問をぶつけてみると、
「でも清酒や焼酎の醪(もろみ)の中では麹菌はみんな死んでしまっているんですよ。だから必要な麹菌は種麹屋(もやしや)さんから買っているのです。
人間は必要な酵素等だけ横取りして、子孫も残させずに使い捨て。私はこれを麹菌残酷物語と呼んでいます」

つまり、一方的に利用しておいしい思いをしているのは人間だけ。疑ってすまなかった、麹菌。

京都の曼殊院というお寺には、微生物の霊を称える「菌塚」という塚がある。碑文には次のように刻まれている。「人類生存に大きく貢献し 犠牲となれる 無数億の菌の霊に対し至心に恭敬して 茲に供養のじんを捧ぐるものなり」

目には見えないけれど、一滴の醤油が造られるまでにはおびただしい数の麹菌が犠牲になっている。
発酵によって豊かな味や香りを生みだしてくれる菌たち、そして千年以上も昔から発酵技術を進化させてきた日本の先人たちに感謝しつつ、和食という財産を大切に味わいたい。

そろそろ熱燗の恋しい季節になってきた。今夜は味噌味のモツ煮込みと醤油をかけた冷奴を肴に、日本酒で、国菌に乾杯!!
(宮沢弥栄子)