専門家「?」、考古学調査で「スイス製腕時計」出土―広西

2008年12月15日 10時21分 (2008年12月18日 00時13分 更新)
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広西チワン族自治区防城港市の上思県で11日、明代(1368-1644年)から清代(1644-1912年)に作られたとみられる墓を発掘していたところ、「スイス製」と刻まれた腕時計の模造品が見つかった。(サーチナ&CNSPHOTO)

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 14日付新文化報によると、広西チワン族自治区防城港市の上思県で11日、明代(1368-1644年)から清代(1644-1912年)に作られたみられる墓を発掘していたところ、「スイス製」と刻まれた腕時計の模造品が見つかった。

関連写真:そのほかの広西チワン族自治区に関する写真

 同遺跡からは10月下旬、石灰石、砂、米などを練り合わせて作った「三合土」製の大型棺が出土し、広西チワン族自治区では初めての例として注目された。

 「腕時計」が見つかったのは棺室内。棺とは別に、約5キログラムの「三合土」があり、その底部の土を取り除く作業を進めていたところ、泥まみれの状態で見つかった。形状や大きさから、腕時計を模した指輪とみられている。

 腕時計は外部が銅製で、針は10時6分を示している。泥をぬぐうと「スイス製」の文字が浮き出た。

 専門家によると、副葬品と考えるにしても、現地には金属でミニチュア品を作る習慣はない。なにより不思議なのは時代が合わないことで、世界で初めて腕時計が作られたのは1904年で、(1918年説もある。スイス製腕時計が中国に伝わったのは、数十年前とされている。

 墓の年代とは明らかなへだたりがあり、現在のところ、なぜ「腕時計」があったのかは、理解に苦しむ謎という。

 「遺跡から“腕時計”」のニュースは各メディアが注目し、ウェブサイトにも次々に掲載されている。写真は古美術や文化財の専門サイト、中国文物網が掲載した同記事。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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