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岡本太郎「太陽の塔」で能天気な未来志向の万博を否定してた

2011年2月26日 10時00分 (2011年2月26日 10時33分 更新)

 芸術家・岡本太郎(享年84)が他界してから15年。2月26日に生誕100周年を迎えた。岡本の代表作として知られる大阪万博の「太陽の塔」について、岡本太郎記念館館長で空間メディアプロデューサーの平野暁臣氏が解説する。

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 1970 年、史上最大の万博に日本中が沸き立った。宇宙船、月の石、ロボット、テレビ電話……、未来が突然舞い降りたからだ。

 万博は「輝く未来」を語る。生まれたときからそうだった。大衆に「産業技術の発展が人を幸せにする」との進歩主義を啓蒙するためだ。「国威発揚」「技術礼賛」「産業振興」。万博はこれ一筋でやってきた。だが、その万博史にひとつだけ異物が刻まれている。「太陽の塔」だ。あの異様なフォルムで「夢の未来都市」のド真ん中にヌッと立ち、約70メートルの高みから会場を睥睨。土俗的な風体はまさしく万博思想の対極だ。

 そもそも「太陽の塔」は万博のシンボルタワーとして作られたものではない。テーマプロデューサー・岡本太郎の職責は、展示という形式で万博のテーマを解説すること。芸術作品の制作など誰からも頼まれてはいなかった。「俺はベラボーなものを作る」。太陽の塔は、そう宣言した太郎が勝手に構想し力づくで突き立てたものだ。会場を覆う能天気な未来志向に「ノン」 を突きつけるためである。

 さらに太郎は「人類の進歩と調和」というテーマをも否定する。「人類は進歩なんかしていない。なにが進歩だ。

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