国民的映画監督とオタク業界の新星が奇跡のタッグを結成した。

10月11日からスタートする深夜アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』。
今、その制作陣が、アニメ業界を超えて話題になっている。

総監督を務めるのは、あの『踊る大捜査線』シリーズを手掛けた本広克行(もとひろかつゆき)。実写映画やドラマの世界で活躍しながら、マニアックなアニメファンとしても知られている彼だが、本作をもってついにアニメ界に参入!

その処女作に脚本家として起用されたのが虚淵玄(うろぶちげん/ニトロプラス)だ。いわゆるエロゲーのシナリオライターとして出発し、昨年はオリジナルアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本を担当。作品を大ヒットに導き、現在、オタク業界で最も注目されている作家だ。

想定外のこのふたりが合体して、いったいどんなアニメを生み出すのか?

***

■みんな数字に支配されている

―まず、おふたりが組むことになった経緯を教えてください!

本広 僕はもともとアニメを作りたくて、何年も企画を練っていたんですが、なかなかうまくいかなくて。
いろいろ詰め込もうとしちゃうので、必ずストーリーに破綻をきたすんですね。それで、「これはカリスマ脚本家が必要だ」と思い、「虚(うろ)さん」(虚淵)にオファーした次第です。

虚淵 ちょうど『魔法少女まどか☆マギカ』を放送していた頃(2011年1月~4月)ですよね。

本広 うん。当時、周りの人間が「『まどか☆マギカ』はヤバい! 『エヴァ』を超えてる!」って騒いでいるのを横目で見ながら、「俺はそんなに簡単に認めねぇぞ」って思っていたんですが……後で通して観た結果、「こんなにスゴいものを書ける人がいるんだ!」と(笑)。その後、虚淵さんの書いた小説なども読ませていただき、「この人の考えたものを絵にすれば絶対に面白くなる」と確信したんです。


虚淵 最初にお会いしたとき、すでに「近未来」「警察」っていうキーワードだけはありましたよね。

本広 ええ。このアニメは近未来の刑事たちの物語なんです。そこでは人間の心理や性格は数値化されて見えるようになっているから、刑事たちは“犯罪係数”と呼ばれる数値の高い人間を追うのが役目。この“精神が数値化された世界”というアイデアは、最初の打ち合わせで虚淵さんが出してくれたんですよ。

虚淵 これって非現実的なことじゃなくて、すでに起こり始めていることだと思うんです。
だって、みんな体脂肪率を測って「ダイエットしなきゃな」って焦ったり、テレビの占いランキングを確認して一喜一憂してるじゃないですか。そんな得体の知れない数字に左右されてる世の中って、怖いですよ。別に、体脂肪率が何%になったからってモテるわけでもないのに(笑)。

本広 うちの奥さんも「エアコンの設定温度は28℃にしないと、子供の健康に悪いってテレビで言ってた」とかたくなに温度を下げないので、こっちは夏は汗だくですよ(笑)。極端な話、今や主婦がガイガーカウンターで家の中の放射線量を監視している時代ですから。


虚淵 ほんの数年前には考えられないほど、みんな数字に支配されている。
だから、“このままいくと未来はどうなるのか”っていうことを考えたら、このアニメのような世界になったんです。また、犯罪に関しても、たった20年前にはストーカー犯罪なんて知られていなかったし、今でもどう法律で裁いていいのかわからない新しい事件がたくさん起こっている。そう考えると、きっと未来では、今は想像もできないような犯罪が起こる……。そんなイメージのもと、このアニメではかなり特殊な犯罪を描きました。

本広 虚淵さんの脚本は、第一稿からすでに完成してるんですよ。だから、シナリオ打ち合わせのときは、みんなで寄ってたかって虚淵さんに質問をする感じ(笑)。
やっぱり、作家が最初に書くものって絶対に面白いんです。それをプロデューサーやら演出家やらがいじくり回しちゃうと、エッジが取れて丸くなってしまうんですよね(笑)。

―本広監督で刑事ものというと、どうしても『踊る大捜査線』が思い浮かびますが……。

本広 そうですね。『踊る…』がヒットしたから、こうして大好きなアニメを作らせてもらえる。もう、『踊る…』さまさまです(笑)。
マジメな話をすると、僕が警察ものを作る理由は、「群像劇」が非常に描きやすいからなんです。『踊る…』は、“アンチ『太陽にほえろ!』”をスローガンに会話劇として作ったんですが、今回は逆に『太陽にほえろ!』っぽい泥くさい路線ですね。

■今回、「萌え」という言葉は禁止してます

虚淵 世界観としては、『ブレードランナー』をイメージして書いてます。あの映画って、主人公のハリソン・フォード自体は、そのへんをフラフラしてそうな小汚いおっさん。なのに、美術や小道具はめちゃくちゃ近未来感がありますよね。今回の作品も、そんな、いい意味でのギャップが出ればいいなと思って。

本広 そうそう。“顔の半分くらいが目”のキラキラした女のコは、ひとりも出てきません(笑)。

虚淵 だって、この世界観で「犯罪者を見つけると、アホ毛が反応して……」みたいなのも、あり得ない!(笑)

本広 僕らが打ち合わせするときは、「萌え」という言葉は禁止してるんです。なぜなら、今のアニメのトレンドの“カウンター”をいくつもりだから。よって、この作品は三振かホームランかどっちかしかない!(笑)

虚淵 まあ、僕らの商売は他人と同じようなものを作っても埋もれちゃいますからね。生き残りをかけて、誰も作らないものを作りたいと思っています。

本広 この作品のスタッフは、みんな“男子ノリ”なんです。打ち合わせで、武器や映画の話で盛り上がったり。『週刊プレイボーイ』みたいな男くさいノリですね(笑)。作っていて、ホントに楽しいですよ。

虚淵 本広さんと仕事をしていると、“僕のやりたいことをすごく守ってくれているな”って感じます。

本広 プロデューサーは「こういう要素を入れないと女性に観てもらえない」みたいなことを必ず言いますよ? でも、それに対して僕はクリエイターの意思を尊重すべく、日々闘っています(笑)。

虚淵 こっちが用意したわかりやすいものなんか、視聴者に引かれちゃうだけですよね。むしろ、われわれが好き勝手に作ったものを皆さんに自由に解釈していただくほうが正しいと思うんです。

本広 その分、本気で作ってるから現場の人間とはしょっちゅうケンカしますけどね(笑)。求める絵ができていなかったら、「なんでできないんだ!」って怒るので、しょっちゅう“もう降りる、降りない”っていうところまでお互いぶつかってます(苦笑)。


■いつか一緒に実写作品も作りたい

―本広さんは小学6年生の息子さんがいらっしゃるそうですが、このアニメを観せたいですか?

本広 う~ん。ちょっと刺激が強いかもしれないですねぇ。

虚淵 人が死ぬし、残酷描写もある。ただ、心理的な残酷さのほうが強い作品ですね。「そこまで人間を追い詰めるのか」と息苦しくなると思うので、落ち込んでるときは観ないほうがいいです(笑)。

本広 そういえば、僕も小学生の頃に“1stルパン”(アダルトな描写を含んだシリーズ第1作の『ルパン三世』)を観て、「うわ~……」って思いましたからね。息子や今の子供たちにも、このアニメを観て一生残るトラウマを抱えてほしいです(笑)。

―虚淵さんは、本広さんとの出会いを機に、実写の世界で仕事をしてみたいとは思いませんか?

虚淵 どうでしょう。アニメは脚本どおりにキャラクターを作ってもらえるけど、実写だと俳優さんの演技も考えて書かなきゃいけないですからね……。僕の父親が演劇をやっている人間なので、俳優さんの重要性はよくわかっているつもりです。

本広 でも、やっぱり実写のほうがラクですよ。なんせ、役者さんがアイデアをくれるから。『踊る…』で青島刑事が着ていたミリタリージャケットや赤いネクタイは、実は織田(裕二)さんのアイデアなんです。

虚淵 そうなんですか! あれはすべての視聴者の記憶に残る〝伝説の衣装〟ですよね。僕もいい脚本が書けるように、今回はずっとミリタリージャケットを着てキーボードを叩いていたんです(笑)。

本広 アニメは、作画をするアニメーターと声をあてる声優が分担作業でキャラクターを作っていくじゃないですか。僕にとっては「なんだ、この世界は!?」って感じで、面白くて仕方がないですよ。

虚淵 本広さん、ホントにアニメ好きですよね。

本広 でも、僕は虚淵さんと実写も作りたい! 実は初めてお会いしたときに、「実写やりましょう」って誘ってますから(笑)。

虚淵 いつかチャレンジしてみたいですね!

(取材・文/西中賢治 撮影/高橋定敬)

●本広克行(もとひろ・かつゆき)


映画監督。1965年生まれ。連続ドラマ『踊る大捜査線』で一躍、ヒット監督の仲間入りを果たす。今年9月に公開された最新監督作品『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』が現在までに観客動員300万人、興行収入40億円を突破する大ヒット

●虚淵玄(うろぶち・げん)


シナリオライター、脚本家。ゲームソフトメーカー「ニトロプラス」所属。PC用ゲームからアニメのシナリオ作りに進出。新房昭之監督、マンガ家の蒼樹うめと組んだ『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)は社会現象となった。今年10月から劇場版も公開中

■アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』


フジテレビ“ノイタミナ”ほかにて10月11日より毎週木曜24:45から放送予定の話題の深夜アニメ。人間の心理状態や性格的傾向を計測し、数値化できるようになった近未来世界を舞台に、警察機構の実動部隊である"執行官"と彼らを監視・指揮する“監視官”の正義と葛藤、管理社会の是非を描くSFアクション。特殊拳銃「ドミネーター」など小道具にもこだわった

元の記事を読む