産経新聞に牙を剥いた「言論の自由」軽視の韓国 国内メディアの鈍さも浮き彫りに

2014年8月25日 22時00分 (2014年9月24日 00時00分 更新)
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政府も取材制限など適切な措置を講じなければならない」などと断じている。韓国国民にすれば、大統領は自分たちの国を代表する存在だ。大統領に対して批判的である人たちでも、外国の「嫌韓新聞」に揶揄されることだけは許せない、と憤慨する気持ちは分からないではない。

 しかし、である。大統領府だけでなく、韓国メディアも感情的になりすぎて、民主主義の根幹とも言える言論の自由を置き去りにしてはいないか。

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

 これは、18世紀の啓蒙思想家ヴォルテールが言ったとされる(ただし、その証拠はないらしい)有名な言葉だが、言論の自由の真髄はこれだろう。民主主義社会では、様々な立場による分析や主張が、自由に流通することが望ましい。自分とは異なる、あるいは自分が不快に思う言論だからといって、排除していたのでは、言論の自由は守れない。むしろ、立場の違う者の言論の自由こそ、しっかりと守らなければならない。

 もちろん、人の名誉やプライヴァシ―を傷つける言論は制約を受ける。だが、その程度は、対象が一般人の場合と公人の時では異なる。大統領は、公人中の公人。底意地の悪い批判や悪意の籠もった論評をされることも、やはり甘受すべきだろう。確かに、“毒”はまぶされているとはいえ、この程度のコラムでいちいち刑事事件にされたり、外相会談に持ち出されて外交問題化するのでは、民主主義国家である韓国の「言論の自由」のありように疑問を投げかけざるをえない。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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