米メジャーリーグの上原浩治(ボストン・レッドソックス)の残留交渉によって、日本の各メディアは“メジャーリーグの複雑な契約事情”を学ぶことになりそうだ。

 今季最終登板となったのは、9月25日(現地時間)のタンパベイ・レイズ戦。
セーブポイントの付かない場面ではあったが、わずか7球で三者凡退に切ってみせ、クリスチャン・バスケス捕手とハイタッチを交わした。お決まりの雄叫びは聞かれなかったが、スタンドからの大きな拍手は「来季も頼んだ」とのエールも込められていたようだった。

 それから3日後、ジョン・ファレル監督が今季を総括する共同会見に臨み、上原の去就について「年齢にかかわらず活躍している。また試合の最後を任せたい」とコメントした。

 これは実質的な“残留要請”とみて間違いないだろう。今季の上原の成績は、6勝5敗26セーブ1ホールド。
セーブポイントは昨季の21セーブよりも増えたが、1点台だった防御率は、2.52まで落ち込んだ。今季は試合中盤に登場するセットアッパーではなく、主に最終回を任されるクローザーとしてシーズンに臨んだ。シーズン終盤の9月上旬に調子を落としたのは、年齢による過労もあるだろうが、上原自身が「この年齢で、これだけ投げられたら十分でしょう」と言うように、メジャーを代表するクローザーとしてファンに認知されたことは間違いない。しかし、レ軍残留はすんなりとは決まらないだろう。●交渉のタイミングを逸したレ軍

 今季、レ軍はアメリカン・リーグ東地区最下位に沈んだ。昨季のワールドシリーズ制覇から、まさかの急転落である。



「メジャーでは、優勝戦線から脱落したチームは来季以降に備えて、高額年俸のベテランを放出して、若手の有望株を獲得するなどのトレードを行います。ほかに複数年契約の最終年を迎える選手も、放出要員として挙げられます」(同)

 年俸425万ドル(約4億2500万円)・2年契約が満了した上原も、当然放出対象として名前が挙がった。トレード期日の7月末が近づくにつれ、「上原を放出して若手を獲るべきか」といった議論が地元メディアでも展開され、レ軍のベン・チェリントンゼネラルマネージャー(GM)も玉虫色のコメントを繰り返していた。

「上原はリリーバーとしてのスキルも高いので、優勝争いをしている複数球団から打診もありました」(現地特派記者)


 最終的に、レ軍は上原を放出しなかったが、これが来季以降の正式な残留交渉を難しくさせた。なぜなら、メジャーリーグには「クオリファイング・オファー」のルールがあるからだ。

 クオリファイング・オファーとは、フリーエージェント権(FA)を獲得した選手に対し、在籍チームが再契約を臨む場合、シーズン終了から5日以内に30球団統一年俸での単年契約を提示しなければならない。
これに対し選手側は、12日以内に返事をするのだが、仮に対象選手が提示を拒否し、新天地への移籍を選んだ場合、旧在籍チームは移籍先の球団から次年度のドラフト1位選手の指名権を譲り受けることが補償されている。

●1500万ドルの統一年俸を提示するか?

 ところが、この統一年俸というのが厄介なのである。

「その年のメジャー全選手のうち、年俸上位125人の平均額が統一年俸となります」(米国紙記者)

 地元ボストンのスポーツサイト、カムキャスト・スポーツが独自調査したところ、今年度の統一年俸は1500万ドル(約15億円)に達するといい、上原について次のように伝えている。

「1500万ドルはレ軍が支払える金額だ。しかし、上原に対しては払いすぎと思われるかもしれない」

 過去にメジャーで年俸1500万ドルを勝ち取ったクローザーは、昨季引退したマリアノ・リベラ(ニューヨーク・ヤンキース)だけだ(2012~13年の2季)。今季のメジャー選手名鑑によると、クローザーの最高額はジョナサン・パペルボン(フィラデルフィア・フィリーズ)の1300万ドル(約13億円)。

つまり、上原はレ軍が残留交渉をスタートさせると同時に、米史上最高年俸のクローザーとなるのは確実なのである。

「メジャーは30代半ばすぎの選手に対し、シビアなところがあります。日本のように過去の実績を契約更改で加味しません」(前出・現地特派記者)

 来季40歳になる上原が、1500万ドルにふさわしいピッチングを続けられるかと聞かれれば、その保証はない。

 とはいえ、統一年俸を提示しなければ、上原は他球団との移籍交渉を始めるだろう。上原がFA宣言した後であらためてアタックし、適額で交渉するという裏ワザもあるらしいが、そんなことを上原の代理人が黙って見過ごしはしないだろう。

「シーズン途中で契約更新する方法もありましたが、レ軍経営陣はチーム再建に追われ、上原と交渉するタイミングを逸してしまったのです。
一方で上原は、他球団と交渉するとしても、来季40歳という年齢が足かせとなり、減俸で移籍することになると予想する声もあります」(同)

 レ軍はクオリファイング・オファーを提示するのだろうか。上原にとって、まさに運命の別れ道だ。確実に計算の立つクローザーは、メジャーリーグでも少ない。ワールドシリーズ終了後、クオリファイング・オファーが提示されれば、上原の雄叫びは日本まで聞こえてきそうだ。
(文=美山和也/スポーツライター)