先日、赤羽消防署の男性消防士が後輩である女性消防士に対してプロレス技を掛かて窒息寸前に追い込んだり、賞味期限が切れた温泉卵を口に押し込んだりしたとして、停職6ヶ月の懲戒処分を受けたという事件がありました。
この事件の上司の行動は、いわゆるパワハラとして問題となり、懲戒処分という内部規律によって処理されました。

しかし、大の大人がプロレス技をかけることは、暴行・傷害事件といえるのではないでしょうか?また、プロレス技をかけられている現場を見逃していた同じ職場の人間は本当に何らの責任も負わないのでしょうか?
今回はこの事件についてヒューマンネットワーク中村総合法律事務所の好川久治弁護士に聞いてみました。
腐った卵を口に――女性消防士へのパワハラは立派な「犯罪行為」...の画像はこちら >>

■女性消防士へパワハラは犯罪になる
「暴行罪でいう『暴行』は、人に身体に向けられた不法な有形力の行使をいいます。女性消防士が嫌がるのに無理矢理プロレスの相手をさせられて技をかけられたとすれば暴行罪が成立します。」
暴行罪は、現実にケガを負わなくとも、その危険があるような行為には成立をします。今回はプロレスによって実際にケガを負わなくとも、無理矢理プロレスをすること自体が「暴行」にあたり処罰の対象になります。
「傷害罪が成立するためには、被害者の生理的機能に障害を与えること(健康状態を害すること)が必要となりますので、吐き気やめまい、捻挫、失神するなど生理的機能に障害をもたらせば傷害罪が成立するでしょう。」
傷害罪は、暴行罪とは違い実際にケガをするなどしないと成立しない犯罪です。今回では、失神寸前までプロレス技をかけているので、傷害罪が実際に成立する余地もありうるのではないでしょうか。


■賞味期限切れの卵を押し込んで食べさせたことは何かの罪に問われる?
「無理やり口に押し込んで食べさせれば、人の身体に向けられた不法な有形力の行使となりますので、暴行罪が成立します。これが原因となって下痢等の症状が生じれば傷害罪が成立します。」
賞味期限の切れた卵を食べさせることは、みなさんの想像する典型的な暴行とは少し違うかもしれません。しかし法はこのようなことも決して許容してはいません。
上司のパワハラが立派な犯罪にあたるということです。それでは、周囲の人間や組織は何等かの責任を負うのでしょうか。

■このような事件が起きた場合、組織が職員に損害賠償をすべき場合がある
「まず、組織には、職員が良好な職場環境のもとで能力を発揮しながら勤務できるよう職場環境を整備する義務があります。
また、職員がパワーハラスメントにより生命、身体、健康を害されないよう職員の安全に配慮する義務もあります。」
このように、組織は職場環境を整備し、職員の安全に配慮する義務が法的に課されています。
「組織が、職場内でパワーハラスメントが行われていることを承知しながら必要な防止措置、改善措置をとらず、被害が発生し続ければ、これらの義務違反に問われて、職員が被った損害を賠償する責任が生じます。」
組織がパワハラに加担していればなおのこと、見て見ぬフリをしていた場合についても被害者に対して損害賠償をする責任が生じるようです。職場におけるパワハラやイジメは、決して現場で働く個人だけの問題ではありません。

■職場を管理する立場にある人間は、被害者に責任を負うべき場合がある
「組織で職場を管理する立場にある者も、管理下にある職員がパワーハラスメントを受けている実態を把握しながら必要な防止策、改善策をとらずに放置していた場合は、独立して責任を負うことがあります。」
「もっとも、本件は、公務員である消防士の職場での事件ですから、民間組織で行われた場合と異なり、消防士個人としての責任を追及することは難しいでしょう。」
このように、職場を管理する立場にあるものは、職場内でのパワハラについては責任を負うべき場合があるようです。では、「イジメは見過ごす方も同罪」というようなことを聞くことがありますが、そうではない周りの人間はどうでしょうか。
「なお、周りの人間は、上司のパワーハラスメントを助長した場合でもなければ、これを見過ごしただけで責任を問われることはないでしょう。」

■上司によるパワハラは「労働災害」になる
先ほどまでは加害者が負う責任について述べていましたが、ここで労働災害として認定されるかについても見てみましょう。
労働災害として認定されれば、休業補償給付や、療養補償給付を受けとることができ、被害者の生活の助けとなります。
「上司によるパワハラは、職務又はこれに密接に関連する機会において、職務上の地位や背景を原因として行われる人格権侵害行為ですから、これによって怪我をしたり、うつ病等の精神疾患にり患したりした場合は、労働災害の認定を受けられることがあります。特に、本件では、職務上の地位がかなり上の上司から直接的な暴力を振るわれていますので、被害を受けた部下への影響度は大きく、他に怪我や精神疾患の原因がなければ、認定される可能性が高いでしょう。」

■パワハラが、犯罪として実際に処罰されることがありうる
上司によるパワハラが犯罪になりうることはさきほど説明しました。しかし、パワハラが原因で実際に裁判を受けて有罪判決を受けているというような話はあまり聞きません。これは一体どうなっているのでしょうか。
「組織の内部で起こる犯罪ですので、警察に被害届が出されて実際に刑罰を科せられるケースは決して多くないと思います。
被害届が出されるケースも少ないでしょうし、刑罰を科せられる前に示談で解決されるケースが多いのではないかと思います。」
「しかし、被害者が自殺をしたり、重傷を負ったりして、直ちに警察に被害届が出されれば犯罪として立件され、刑事処分に至ることはあります。最近の例では、高校の運動部のキャプテンであった生徒が、監督から体罰を受けて自殺をした事件で、体罰を加えた監督が、暴行罪と傷害罪で起訴され、有罪判決を受けた事件があります。」
刑事処分にまで至ることが少ないとはいえ、パワハラはこれまで見てきたように犯罪が成立しうる危険な行為です。自分の身の周りで起きている理不尽を、法は本当に許しているのか一度よく見つめなおしてみる必要がありそうです。

*著者:弁護士 好川久治(ヒューマンネットワーク中村総合法律事務所。家事事件から倒産事件、交通事故、労働問題、企業法務・コンプライアンスまで幅広く業務をこなす。)
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