■そのデータ分析の結果は、本当に正しいのだろうか?

「ビッグデータ」という言葉はビジネスの現場でもすっかり定着したように感じるし、それを元にして分析された調査報告はそれなりの納得感を持って受け入れられるようになった。

現在、そしてこれから、この世界で勝ち残っていくためには「データの分析」の手法を身につけることは必須になるのかもしれない。

では、そもそも「データ分析」とは一体何をするのだろうか? 数字やグラフを見るのが仕事…それもあるが、ただ見るだけでは意味がない。重大な仕事の一つは「因果関係を見極めること」である。

因果関係とは端的に言えば「Aが原因となった結果、Bが生じた」という関係のことだ。

この手の論法はよく見かけるが、そもそも因果関係が本当にあるのかは吟味しなければ分からない。
『「原因と結果」の経済学』(中室牧子、津川友介著、ダイヤモンド社刊)によれば、「メタボ診断を受けることが長生きできる」「偏差値の高い大学へ行けば収入は上がる」といったものがある。これらの「通説」は経済学の有力な研究では否定されているという。


詳細:新刊JP記事:「偏差値の高い大学に行けば収入は上がる」は思い込み? 経済学者が通説を否定

思い込みに惑わされない、「データを見極める力」を身につけるにはどうすればいいのだろうか?

■「データ分析の心得は寿司職人の仕事に通じる」

データ分析で大切になる心得は、寿司職人の仕事に通じるものがあります。(『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』7ページより

そうつづるのは、『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社刊)の著者であり、シカゴ大学公共政策大学院で教鞭を取る伊藤公一朗さんだ。
では、どのような部分が寿司職人と通じるのだろうか?

1、素晴らしいネタを仕入れること
2、そのネタの旨みを生かせる包丁さばきができること
3、目の前のお客さんが求めている味や料理を提供できること

これを「データ分析」に置き換えると、「良いデータを仕入れる」「データを切り取る角度の高さや切り口のセンスの良さ」、そして「分析結果が人々に求められていること」という3つの要素が必要ということになる。

現在は情報技術の発達によってデータを仕入れやすい環境になったが、一方で分析のセンスや思考法が身についていなければ、誤解釈を起こしかねない。「果たして因果関係は存在するのか?」ということを突きとめるだけでも、データを読むリテラシーが必要なのだ。

■実は因果関係を導き出すのはかなり難しい

「グラフを並べてみれば因果関係が分かるものでは?」と考えているなら大間違いだ。

本書から一つ事例を取り上げよう。

ある会社が、ウェブサイト上で表示するアイスクリームの広告を仕掛けようとしている。これによって、今夏のアイスクリームの売り上げを伸ばす狙いだ。
担当者となったあなたは、上司から広告を出すと売り上げがどれだけ伸びるのかデータ分析をしてほしいと頼まれた。そこで過去のデータを見てみると、2010年にあるアイスクリームの商品についてウェブ広告を出したことがあった。そして、広告を出さなかった2009年と比較すると、2010年の売り上げは40%上がっていたのだ。

これだけならば以下のことが言えるかもしれない。

「広告を出した → 広告の影響で売り上げが40%伸びた」

しかし果たして本当だろうか?
実はこの因果関係を立証するのは困難だ。その理由は2つある。

1)他のバイアス(理由)があるかもしれない。

例えば、2010年は2009年に比べてかなり暑かった。また、リーマン・ショックによって消費の動きが鈍った2009年と比較し、2010年は消費が上向きになった年でもあった。

こうしたことも加味しないといけない。

2)逆の因果関係があるかもしれない

この場合、「2010年の初期に猛暑の影響でアイスクリームの売り上げが伸びていたから、会社がその売り上げを使ってウェブ広告を始めた」ということである。これが逆の因果関係だ。

ウェブ広告費とアイスクリームの売り上げは、図表にすれば確かに同じ動きをしていて、どちらも上がっている。しかし、因果関係を示すのは難しく、この場合は「相関関係がある」としか言えないのだ。

■因果関係が本当にあるかどうかを調べるためのいくつかの手法

『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』はそのために手法を分かりやすく説明した新書であり、とりわけデータ分析に関わるマーケティング担当者にとっては入門書としても読んでおきたい一冊である。

因果関係があるか否かを調べるにはどうすればいいのか?
詳しい説明は本書を開いてもらうとして、簡単に紹介をすると、「ランダム化比較試験(RCT)」「RDデザイン」「集積分析」「パネル・データ分析」などの方法がある。

それらを通してデータを再度見てみると、それまで見えていたものとは全く違う別の答えが見えてくることもあるだろう。

データを分析する力は、莫大な情報が溢れる現代に最も必要とされるスキルの一つである。

(金井元貴/新刊JP編集部)