●林修は予備校業界の中では「固い人」 

 ここ何年も、テレビには東進ハイスクールの林修が出演している。「今でしょ」の決め台詞で一躍有名になった林は、世の中から現代の予備校講師の代表格のように思われ、予備校講師の個性的なイメージを世間に広めている。

 しかし、林はむしろ、予備校業界の中ではかっちりとした講師である。ちゃんとスーツも着ている、講義も(映像授業という制約があるにせよ)かっちりやっている。なにより、いまはなき日本長期信用銀行に勤務していたという点で、立派な社会人だったという経歴も持つ。予備校業界の中では、割と「固い」人なのである。

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 現在、若い講師の多くは、ちゃんとスーツを着ており、最初から予備校講師をめざしてなったようなタイプが多い。しかし、少し前には、大学院まで行ったもののアカデミック・ポストがなかったり、学生運動の経験者で一般の会社には勤まらなかったりした人などが、講師をやっていた。

そういう人たちが、1980年代から90年代前半までの「予備校文化」を支えていた。

●テレビには出ない個性的な講師たち

 駿台予備学校の講師・大島保彦(英語)は、スーパーの衣料品売り場で売られているようなシャツに、ベストを着ていることが多い。一見、さえないおじさんのように見える。

 しかし、大島の講義は多くの受験生を引きつける。多くの語学を勉強し、その該博な知識をもとにした講義は、受験生の英語の理解に大きく貢献している。大島の講義は、雑談ばかりのように思える。

テキストも、終わらない。しかし、一年間ついていけば、確実に英語の力はつく。

 大島は、大学院でドイツ哲学を専攻し、大学で非常勤講師を行っていたこともある。知的バックボーンを背景に、単なる無駄話ではなく、受験生をひきつけ、学力向上に貢献している。

 この人はテレビには出せないだろう、という講師もいる。駿台予備学校の福井紳一(日本史)だ。

日本史や世界史の多くの講師は、整った板書を売りにしている。しかし福井は、めったに板書をしない。講義で話したことを、テキストに書き込ませるようにしている。

 髪の毛は白髪の長髪。語られることは左翼的な思想をもとにしており、聞く人によってはアジ演説のように聞こえるかもしれない。

 福井は一般向けの著作も出している。

『今起きていることの本当の意味がわかる 戦後日本史』(講談社+α文庫)は、福井の駿台予備学校の講習会『戦後日本史』をもとにしたものだ。戦後とは、どんな時代だったのか。あの戦争に対する反省というものは、いかにして消えたのか。そういったことを、熱く語る。私生活では、脱原発のデモなどにも参加する。

●日本史に名前を残した講師

 さらに駿台には、日本史に名前を残した講師もいる。

駿台の日本史のテキストにも名前が出てくる。山本義隆(物理)。東大全共闘議長である。60年代末の学生運動のリーダーとして、秋田明大(日大全共闘)とともに知られている。もともとは物理学者として将来を嘱望されていたが、東大闘争に身を投じ、のちに予備校講師になる。

 見た目では髪の毛とひげが印象的。

黒板に書く文字は立て看板の文字のよう。それでいて、講義は学生からの支持を集めている。

 山本は科学史家としての側面も持っている。『磁力と重力の発見』(みすず書房)では、大佛次郎賞などを受賞している。

 以前は社会的発言をしなかったものの、東日本大震災以降脱原発デモに参加するようになり、原発問題に関する著書『福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと』(みすず書房)『原子・原子核・原子力――わたしが講義で伝えたかったこと』(岩波書店)も刊行している。

●ビジュアル系の講師には実力がある。

 さて、予備校の講師としてイメージするのは、「ビジュアルが面白い人」という人も多いかもしれない。かつての「金ピカ先生」のように、目を引くようなスタイルで受験生の注目を集めていた講師のことだ。

 しかしそういった講師は、いまはほとんどいない。いたとしても、ビジュアル系を何十年もやり続けているという人ばかりだ。もちろん、講義の実力はピカイチだ。逆に、講義の実力がない人が見た目で受験生を引きつけようとしても、難しいということだろう。ビジュアル系講師の代表格としては、河合塾のしぎょういつみ(英語)、駿台予備学校の須藤良(世界史)が挙げられる。もちろん、受験指導に長けたベテランである。

 林修だけじゃない。個性あふれる講師は、予備校には多くいる。実力と個性を兼ね備えた講師たちが、受験生の学力を支えているのだ。そして彼ら彼女らが、予備校を生き残らせている。

第一回:東進vsスマホ予備校。新潮流・「映像授業」の勝者は?】​
第二回:代ゼミ脱落で「二大予備校」時代に。最終決戦を制するのは?