10月8日付日本経済新聞のインタビューで、武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長が「私自身は2025年まで経営にかかわるつもりだ」と語った。同社内には、失望と深いため息が広がっているという。



 2014年6月27日、武田は定時株主総会を開いた。1781年(天明元年)の創業以来、初めて外国人社長を選ぶ総会だった。英製薬大手グラクソ・スミスクライン出身のフランス人、クリストフ・ウェバー氏を取締役に選任する議案を審議した。ウェバー氏は同年4月にCOO(最高執行責任者)として入社していた。

「外資の乗っ取りだ」と反発した創業家の一部やOB株主12人が結成した「タケダの将来を憂う会」が、当時社長だった長谷川閑史氏に7項目からなる質問状を事前に提出し、“創業家の反乱”と大騒ぎになっていた。総会で議長をつとめる長谷川氏が質疑に入る前に、7項目の質問に回答した。
同社はホームページ上でその内容を公開した。

 ウェバー氏の社長起用について「当社があらゆる面においてグローバルに競争力のある会社になるためには国籍や人種にかかわらず、グローバルに通用する人材をキーポジションに就ける必要がある。クリストフ・ウェバー氏の選定は、日本人を含む複数の候補者の中からグローバル企業であるタケダをリードする人材としてもっとも相応しいとの判断で行った」と説明した。また、外資の乗っ取りという批判については「ウェバー氏の社長就任と外資による買収リスクが高まるということを、どう関連づけて質問しているのかわからない」と一蹴した。総会は「憂う会」の質問に対する長谷川氏の回答で白熱したが、採決の結果、ウェバー氏の取締役選任は可決された。

 こうして「長谷川会長兼CEO(最高経営責任者)―ウェバー社長兼COO」という新体制がスタートした。
ウェバー氏は15年4月からCEOを兼務、権力移譲が進んだことを受けて長谷川氏は17年6月の総会を最後に取締役を退任。相談役に退いた。「2025年まで経営にかかわる」というウェバー氏の発言は、長谷川氏の“院政”から脱却し、名実ともに武田薬品のトップになると宣言したのである。

●外国人で固めたウェバー体制

 ウェバー体制は強固になりつつある。17年6月末時点の経営陣容は次のとおり。社内取締役5人のうち外国人がウェバー氏ら3人。
日本人は岩崎真人氏、山中康彦氏の2人。ウェバー氏が社長に就いたとき、COO直属の経営チームをつくった。TET(タケダ・エグゼグティブチーム)と呼ばれる経営会議である。

 経営会議のメンバー14人のうち、外国人は社長のウェバー氏を含めて11人。日本人は、ジャパンファーマビジネス ユニットプレジデントの岩崎真人氏、コーポレート・コミュニケーションズ&パブリック アフェアーズオフィサーの平手晴彦氏、グローバルジェネラルカウンセルの中川仁敬氏の3人だけ。TETのメンバーが武田改革の推進役となっている。


 TETの重要な仕事に、将来の経営幹部を育てることがある。TETは年3~4回、世界中から優秀な人材をピックアップし、ディスカッションさせる。ここで5年から10年先に経営幹部になる候補者を決めている。将来、TETのメンバーになる経営幹部見習いの上位300人、いわゆるシニアリーダーは圧倒的に外国人が多い。経営幹部を夢見てきた武田の生え抜きの日本人社員たちはおもしろくない。当然、ウェバー体制に不満を抱くことになる。


 前出日経記事では、「次期社長は日本人が就くのですか」という質問に対し、ウェバー氏は「あり得る。幹部候補の育成に力を入れる」とした。経営会議のメンバーの平手晴彦氏が、日本人社長の有力候補と目されている。独ドレーゲル日本法人を皮切りに、外資系の渡り鳥人生を歩む。スイスのロシュグループの日本法人、ロシュ・ダイアグノスティックスの社長に就任。さらに萬有製薬の社長に就く。
平手氏をスカウトしたのは、萬有製薬の大株主の米メルクだった。次に、英グラクソ・スミスクライン日本法人の専務に就いた。武田社長だった長谷川氏が10年7月、平手氏を武田のアジア販売統括としてスカウトした。長谷川氏はグラクソ・スミスクラインで、フランスの現地法人やワクチン部門の経営を担ったウェバー氏を社長に迎えた。長谷川氏はグラクソ・スミスクライン出身の2人に、グローバル経営への転換のカジ取りを託した。

 欧米の製薬会社のトップはスカウト人事が普通。ウェバー氏が武田で実績を上げれば、世界のメガファーマのトップに引き抜かれる可能性は高い。武田を海外企業に売却するのではないかとの噂が消えない理由が、ここにある。

「こういう声が出るのは私が外国人だからだ。短期志向だと決めつけられる。私は長期の視点で経営し武田への忠誠心を持っている。本社も日本に置き続ける」(ウェバー氏/前出日経記事より)

 世界の製薬業界では大型M&A(合併・買収)が相次いでいるが、日本の製薬企業は世界のM&A市場で蚊帳の外に置かれていて存在感が乏しい。国内最大手の武田も世界では18位(16年)。前年の15位からランクを落とした。メガファーマは日本市場に参入するために日本企業を買収するのが早道と考えてきたが、今やほとんどの外資系は日本法人を持っている。日本の製薬企業がメガファーマの買収の標的になる可能性は、相対的に低いとみられている。

 ウェバー氏の「25年まで経営関与」発言は、メガファーマが武田に食いつくことはないと読んでいるからだ。もし、仮に世界のメガファーマに武田が買収されれば、その会社から社長が派遣されてくる。その場合、ウェバー氏が武田に残る可能性は低い。
(文=編集部)