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足助町の町並み保存。愛知県初の重要伝統的建造物群保存地区の取り組み

2017年3月14日 11時05分 (2017年3月21日 10時54分 更新)

商家町として栄えた足助の町並みの成り立ち


豊田市の中心地から北東へ約15kmのところにある足助町(あすけちょう)。もとは東加茂郡だったが、2005年の市町村合併により、豊田市となった。自然豊かな山あいに位置し、矢作川の支流・巴川がつくる渓谷である香嵐渓(こうらんけい)は、紅葉の名所として知られ、秋になると全国から人々が訪れる。

足助は、かつて尾張・三河と信州を結ぶ伊那街道(中馬街道)の中継地点の商家町として栄えた。さまざまな物資が運ばれたが、なかでも塩はここで詰め替えられ、「足助塩」「足助直し」と言われていたという。

そんな足助の町並みは、足助川の谷筋に沿う段丘上に広がっているのが特徴だ。街道沿いの家は、短冊状の敷地に主屋を間口いっぱいに建て、その背後に離れ座敷や土蔵を配置。限られた敷地を利用するため、切土や盛土による造成地や石垣の上に建てられるなどしたことが、独特の景観を作り出している。現在は江戸時代後期から明治後期までに建てられた建物が多く残る町並みを見ることができる。

今回は、2011年に愛知県で初めて国の重要伝統的建造物保存地区(略称:重伝建)に選定された足助の町並みの魅力と、町づくりについて迫りたい。



平入と妻入の町家が混在することで変化のある景観に


足助地区は、1775年(安永4年)の大火によって大部分が消失し、その後に復興した町並みが今の礎となっている。漆喰塗り2階建ての町家で、防火を意識した瓦ぶきが普及し、屋根が急こう配になっている。

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