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富裕層が人生を"積分"「もう蓄財やめた」

2017年5月20日 11時15分 (2017年5月23日 11時30分 更新)

■富裕層と非富裕層の「1」は全然違う!
前回は、ウェーバー=フェヒナーの法則をあげながら、「所得が増えるほど、なぜか生活の小さな他の楽しみを味わう能力が減ってくる」ことについてお話しました。
外的(物理的)なお金の増加は金額という客観的な数値(購買力)で測ることができますが、それは誰にとっても内的(実感的)に同じ感じ方(金銭感覚)であるわけではなく、保有する資産が大きくなれば小さなお金の増加をうれしいと思うことはないということです。
そして、この感覚量(主観的幸福)は「刺激強度の対数」に比例するというお話もしました。
つまり、所得1000万円の人が所得1億円になったときに感じる感覚量のインパクトを、所得1億円の人が感じようとすると所得10億円になる必要があるのです。所得が低い間は、「1単位分」の感覚量は少しの所得増加で簡単に上がっていきますが、所得が高くなると1単位分の感覚量の増加には膨大な収入の増加が必要になってきます。
とすると、幸福感を得るためにどこまでも所得の増加を求めていくというのは、幸福を求めるやり方としては適切とはいえません。
吉田兼好『徒然草』にみる、命の体感時間
今回は、感覚量は「刺激強度の対数」に比例するというウェーバー=フェヒナーの法則の一例として、命の体感時間を見てみます。
命の体感時間を考える上で、かっこうのテキストがあります。
吉田兼好の『徒然草』(鎌倉時代末期のまとめられたとの説が有力)の「第七段」に次のような一文があります。

コメント 3

  • 匿名さん 通報

    もう若くないなら、金なんて貯めるのやめてガンガン使おうぜ!ってことか。

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  • 匿名さん 通報

    妄想が酷くなければ普通そうだろ

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  • 匿名さん 通報

    死までの残り時間が不明であり生き延びるための金が必要である以上、残存生命のための蓄財を愚行と笑うことはできない。

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