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マツダ「ユーノス・ロードスター」 不遇のアウトサイダーが自動車文化の担い手へ

2017年8月13日 11時10分 (2017年8月17日 14時57分 更新)

マツダを代表するクルマのひとつ「ロードスター」はしかし、その初代の開発時代は不遇をかこっていたそうです。誕生の前後で、これを取り巻くクルマの世界はどのように変わったのでしょうか。

「ユーノス・ロードスター」が誕生した時代とは

 累計生産台数100万台を突破し、「世界一売れたふたり乗りスポーツカー」のギネス記録を現在も更新中である、マツダを代表するスポーツカーが「ロードスター」です。世界が認める名車の1台と呼んでもいいでしょう。その初代モデルは1989(平成元)年に「ユーノス・ロードスター」の名称でデビューしました。


「ユーノス・ロードスター」は1989年に誕生し、国内で約12万台が販売された(画像:マツダ)。

 ところが、その開発初期、マツダ社内が「ユーノス・ロードスター」にかける期待は非常に小さなものでした。今の「ロードスター」の成功は、誰も予想していなかったのです。

 それも当然のことでしょう。1980年代はバブルに向かう好景気時代で、マツダは販売5チャンネルという夢に向かって疾走していました。「マツダ店」「アンフィニ店」「ユーノス店」「オートザム店」「オートラマ店」という5種類の販売チャンネルを構築しようという構想です。そのために、それぞれの販売店用のクルマを開発しなければなりません。数のさばけないスポーツカーの開発よりも、そちらの方が会社としては重要です。

 また、「ユーノス・ロードスター」はスポーツカーでいえば「ライトウェイト2シーターオープンスポーツ」。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメント 3

  • 匿名さん 通報

    「MGF」「バルケッタ」「Z3」「SLK」「S2000」生存車なし

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  • ミケ 通報

    バルケッタ、小説に出てた! ライトウエイトスポーツは、若い人に、乗って欲しいですね。

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  • ゲコッ!! 通報

    でも、Z3は後継のZ4を残しているよ。マツダは頭がイカれてる(誉め言葉)。TOYOTAと一緒になって「マジメ」にならないか、とちょっと心配である。

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