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10万人を感動させてきた「花のない花屋」とは?

2017年5月19日 11時30分 (2017年5月21日 06時52分 更新)

アトリエで製作中の東信。迷いなく花を選んでいく(撮影/写真部・大野洋介)

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「桜のまわりはツツジでいきます。雰囲気はナチュラル系で」

 そう指示を出すと、スタッフがさっと動き、ツツジや桜を持って来た。パチン、パチン、パチン……全員が慣れた手つきで花を切り始める。花材の名前を言うと、あうんの呼吸で花が手渡される。まるで手術を見ているかのような、完璧なチームワーク。東は花器の中のオアシス(吸水スポンジ)に花をどんどん挿していった。その動きに迷いはない。

 鳥の鳴き声のBGMが響くアトリエで、フラワーアーティスト、東信(あずま・まこと)率いる「ジャルダン・デ・フルール」の5人がステンレスの作業台で黙々と作業を続ける。天井から吊り下げられたiPadには、宮城県石巻市の「日和山の桜」の画像が写し出されていた。

 20分ほどで全体像を作り上げると、東は「山の自然な感じを思い起こさせるように」と指示を出し、スタッフ4人で仕上げに入った。事前によく打ち合わせされているのだろう、全員の動きに無駄がなく、目指すべき方向性が共有されているのが伝わってくる。1時間弱で、桜とツツジ、ランなどを贅沢に使った“世界に一つの花束”が完成した。

 このアレンジメントは、朝日新聞デジタルの連載、「花のない花屋」のためのものだ。この連載では、読者から「誰にどんな花束を贈りたいか」というエピソードを募り、それぞれのストーリーに沿ったアレンジメントを東が作り、実際にプレゼントしている。

 iPadに写し出されていた「日和山」の写真は、送り主の「日和山の桜を思い出せるような花束を」という要望に応えるためのもの。送り主は東京在住で石巻市出身の40代男性。父を早くに亡くし、石巻の実家で一人暮らしをしていた母を、東日本大震災の津波が直撃した。一命を取り留めたものの住む場所を失ったため、彼は母を東京に呼び寄せた。自分の家族と同居して今年で6年。「日頃の感謝を込めて、日和山の春を思い出させる桜と石巻の象徴であるツツジ、父が好きだったランの花束を贈りたい」。それが送り主の要望だった。

 東はエピソードからキーワードを抜き出し、相手の想いや、飾られる場所などを想像しながら、イメージを作り上げていった。

「ふつうは桜とツツジは時期が違うので一緒にアレンジしませんが、意外とうまくいきましたね。八重桜が引き立つよう、ツツジはピンクと白の複色で全体に溶け込むようにしました。ランは強い印象のものは後ろに、小さいものを表に挿しました。全体をピンクのトーンにしたことで、うまく調和したと思います」

 後日、贈り主からは「子どもが花を見た瞬間、『こんなお花見たことない!ジャングルみたい』と興奮し、母からは終始『ありがとう、きれいだねえ』と感謝されました。忘れられない家族の思い出になりました」とお礼がきた。

 花屋が花束を作るのは、仕事である以上、当然ながら依頼人ありきだ。しかし、東が他と違うのは、「誰にどんな目的で、どんな花束を作りたいのか」など詳細をあらかじめ聞き、それに沿ってデザインし、市場に買い付けにいく「オートクチュールの花屋」であること。店頭に花を並べ、在庫から花束を作るのではない。オーダーを聞いてから花を買い付けにいく。それが「花のない花屋」と呼ばれるゆえんだ。だから、一つとして同じ花束はない。100人いれば、100通りのストーリーがあり、100の花束がある。

 東がこのスタイルでお店を始めたのは、素朴な疑問からだった。

「ミュージシャンを目指して福岡から上京し、花市場でのアルバイトをするうちに仕事を任されるようになり、麻布十番のスーパーの花屋を切り盛りしていました。花の仕入れをする中で、次第に業界のシステムに疑問を抱くようになったんです」

 市場で仕入れた在庫から花を売っていくと、当然大量に余ることも出てくる。しかも花は「1日で10歳年を取る」と言われる。古いものから売る、または破棄せざるを得なくなることもある。生命である花をただの“モノ”として扱うことに違和感を抱いた。

「誰かのためだけの花を作りたい」という思いから、東が銀座に店を構えたのが今から16年前。以来ずっと、「花のない花屋」というスタイルを貫いてきた。

 現在のアトリエは東京の南青山にある。メタリックな素材で統一された空間は花屋というより、実験室のよう。室温は常に15度、湿度は65%程度。人間よりも植物にとっていい環境を優先させている。

 東の活躍の場は“花屋”としての仕事にとどまらず、広告、商業施設の装飾、海外大手メゾンとのコラボレーションなど多岐に渡るが、さらに独自のアートプロジェクトとして常に新しいことにも挑戦している。

 2014年にはアメリカのネバダ州から植物の作品を成層圏に打ち上げ、2015年にはフィリピン沖の海上に巨大な花を生け、2016年にはアメリカの砂漠地帯に巨大なヤシの木を吊ったインスタレーション・ライブをした。今年4月には米・ウォールストリートジャーナルで「世界に影響を与えるフローリスト、トップ3」として記事に掲載された。文字通り世界を股にかけ、誰も想像つかなかった“植物の姿”を造り出す。

 最近始動した新しいプロジェクトは、“フラワーショップ希望”だ。「希望という花束を世界中の人に配りたい」と東はその意図を説明する。

「これまでにアフリカのコンゴや、ドイツのルール工業地帯、アルジェリアのカスバなどに行き、実験的に花を束ねて現地の人々に渡してきました。花って途上国や紛争地域ではやはり高級品でなかなか手に入らないもの。花束をあげると人々は本当によろこびます。花は人を幸せにするし、希望そのものなんだと実感しました」

 花を贈って人を幸せにする。それが昔も今も東の仕事の原点なのだ。

 お金をもらって花を作らせてもらい、ありがとうと感謝される。花に感動し、涙を流してくれる人もいる。「こんなすてきな仕事ありません」と東は言う。

 1日に作れるアレンジは最大20束程度。単純計算で、これまでに10万本以上の“花束”を世に送り出してきた。その一つとして同じ花束はない。人の想いを花に束ねたい……その東の想いは揺るがない。(取材・文/宇佐美里圭

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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