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「現場ではかえって見えないもの」を見るためのメディアを作りたい リディラバ安部・為末大対談<前編>

2017年7月1日 10時40分 (2017年7月2日 10時13分 更新)

「現場ではかえって見えないもの」を見るためのメディアを作りたい リディラバ安部・為末大対談<前編>(写真=森口新太郎) (ZUU online)

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社会問題を学ぶスタディツアーを企画、提供しているリディラバがクラウドファンディングに挑戦している。期限は7月10日、目標は1000万円で、“イシューと向き合うことで社会が見える”メディアサイトを立ち上げることだという。社会問題の現場へのツアーを提供してきたリディラバが、なぜメディアを立ち上げるのか。

リディラバを主宰、代表でもある安部敏樹氏は、その思いや狙いを語る相手として、為末大氏を指定した。誰もが知るように為末氏は日本を代表するハードラーだ。世界選手権メダリストで、五輪にも3大会連続出場。現役引退後はコメンテーター、指導者として活躍するほか、スポーツを軸にしつつも、そこにとらわれずにあらゆる公共課題、社会問題の解決に尽力している。以前から知り合いだという二人の対話を通して、いま「メディアが求められているもの」「あらゆる社会問題を解決するための環境づくり」について考えたい。(構成・濱田 優 ZUU online編集長、写真・森口新太郎) ※本対談は6月20日に行われました。

■フードロスの問題は「もったいないから残さない」じゃ解決しない?

為末 さっそくだけど、なぜクラウドファウンディングでメディアを作ろうとしたの?

安部 今のリディラバって、社会問題の現場での体験を提供して当事者意識持ってもらう意味では、結構な価値は提供できていると思うんです。ただ、現場のツアーでは扱えない、あるいは扱いづらいようなテーマもあるんですよ。たとえば過労死や児童ポルノの問題とか。

今200ぐらいの社会問題を知るためのコンテンツがあって、この扱う社会問題の数ももっと増やしていきたいですが、どうしても自社の修学旅行の中高生とか企業研修を受け入れやすい現場が多くなってしまう。ハコが大きくて、比較的メジャーな問題の現場ですね。でもそうじゃない問題も世の中にはいっぱいある。

僕らの一般向けのツアーって、元々ボランティアで運営していて、ビジネスなんて微塵も考えていなかった。で、売上のかなりの割合を現場の団体さんにお渡ししているんです。ぶっちゃけやればやるほど赤字になる構造なんですよね。(笑)すると事業構造上、どうしてこのままだとちゃんと稼いでる法人営業とか教育旅行に寄せた形になってしまう。あらゆる社会問題を取り扱っていきたいという姿勢も、根性論だと長期的には続かない。事業モデルで担保できないと、万が一私が居なくなると組織は……。

為末 ただの旅行会社になっちゃう。

安部 そう。売上は上がるし、社会問題の問題提議はできるけれど、旅行とか体験には行けないような問題が扱えなくなるし、新しく出てくる現場に行けないようなナイーブな問題に対応できないかもしれない。その点、メディアで社会問題を伝えていくことも含めて事業として成り立つのなら、現場に行けない話だとか、具体的に当事者が顔を出しづらいようなテーマも伝えていける。社会問題って裏に潜む構造が特殊なんですよね。例えば「フードロス」っていう言葉知ってますか?

為末 フードロス……まだ食べられる食品なんかを捨てちゃう問題だよね。

安部 ええ。今日本で年間2,000万トン弱ぐらい捨てられてるんですけど。こういう話ってどんなイメージですか?

為末 「たしかにそうなんだろうな」ぐらいで、結局どこに問題があるのかは今ひとつピンときていない感じかな。

安部 「もったいない」って印象は皆さん持ちますよね。学校の給食で「食べ残しはいけません」って誰もが言われたはずです。「途上国には今日のご飯に困っているかわいそうな人が居る。食べ残しを減らさなければいけない」って。でもいろいろ調べると、食べ残しを減らしてるだけではこの問題はそこまで解決しないんですよ。

今のフードロスの問題で注目すべきは食べ残しじゃなくて売れ残し。例えばコンビニの場合、本部はフランチャイジーから、捨てるときの廃棄費用を取るんです。だから廃棄物が出るほうが儲かる仕組み。フランチャイジーは廃棄を出したくないけど、商品を並べないと本部から「機会損失になる」と言われてしまう。結果として2月の頭になると店頭に恵方巻きがとりあえずいっぱい並べさせられて、大量に捨てられる。

為末 廃棄された食品はどうなるの?

安部 売れ残しは、食べ残しと違って分別がほぼ完全にできるから再利用できるんです。再利用は日本では3パターンあって、肥料、飼料、エネルギーです。昔は肥料が推奨されていたんだけど、実際使う側からすると肥料って毎日使うものでもないのでそこまで大量には要らないし、エネルギーについては今いろんなバイオマスとかやってますけど、成功してるとは言いがたい。それで今は飼料としての再利用が勧められてるんですね。

飼料への利用はいろんな意味で合理的なんです。たとえば豚が食べる穀物、トウモロコシとかってアメリカから輸入してるから、食糧自給率を押し下げていた。なので、日本で生まれるフードロスから家畜のエサをまかなえるようになったら食料自給率上がるんですよ。

でもこれは完全には普及してません。エサとしては安いし、栄養価のコントロールもできるので非常に理想的なんですが、JAの問題に行き当たる。JAって養豚業者に豚の飼料を卸してるんです。豚の買い取りもするんだけど、養豚業者側の餌の買い取りとのバーターになっている。養豚業者が廃棄物から作った餌にしようとすると、JAから「それならあなたのとこの豚は売らない。あとは貸している借金も明日までに返して」って言われちゃう。

フードロスの問題を突き詰めるとJAの養豚業者の囲い込みの話になる。社会問題ってこういう風に、裏に潜む構造が複雑なものが多くて、表面で見えてるものと問題の本質がズレるんです。

為末 「これは問題じゃないか」って指摘しても、実はもう解決されちゃってたりするね。

社会問題の裏側に「悪者」がいない時代にメディアがやるべきこと
安部 たとえば私や為末さんがパートナーをしている新潟県十日町市みたいな中山間地域だとたいてい獣害が起きてますよね(注:両氏は十日町市と津南町の里山を舞台に3年に一回、開かれる「大地の芸術祭」のオフィシャルサポーター)。

為末 だから最近捕って食べたりしてるよね。

安部ジビエですね、あれもちゃんと処理したらうまいんですけど、鹿とかを撃った後に山から下ろす間に質が下がるんですよ。私はマグロ漁やってたから分かるんですが、基本的に魚も獣も捕ってから締めて血抜きするまでの時間がほぼ品質を決めるんです。山から引きずり下ろす間に劣化する。だから衛生上の問題をクリアするために各山にそれぞれ…

為末  解体所を作って、血を抜かなきゃいけない。

安部 ええ。でもそれにはコストがかかる。その割に食べられる場所は多くないし、流通コストもかかる。獣害が特に社会問題化してきたのってここ10年20年の話なんですけど、突き詰めていくと、昭和30年代の頃の林業政策の失敗に行き当たるんです。戦後に産業がないので、売る目的で日本中に木を植えまくったんですが、育つのを待ってるうちに重工業が伸びてきたので、あまり林業振興しなかったですよ。それで日本には本来必要な数と比較すると林業家がほとんどいない。

山って人が管理し続けないと荒れちゃって下草が生えなくなる。すると餌がなくなって鹿とかが山から下りてくる。それでも最近までは獣害があまり社会問題化しなかったのは、地域の人たちがボランティアで林業家の代わりをやってたから。しかし、その地域のコミュニティもついに高齢化して、管理できなくなったんです。

為末  そもそも林業家って何するの?

安部 里山の管理という意味では一番やらなきゃいけないのは間伐です。木が増えすぎると光が入らなくて下草がなくなるので。

為末 住める場所が少なくなって増えてきちゃってるって事?数が増えたっていうよりもはみ出てきちゃってる?

安部 鹿が下りてくるのには2つ理由があって、1つは、里山って昔オオカミとかが居ましたが、今は居ないので人間が狩らないと生態系のピラミッドの一番上が居ない。でも人間の猟師も高齢化で減っているので、捕食者がいないんです。なので数が凄く増えている。もう一つは、下草が育たないからえさがなくなって山から下りてくる。これは住める場所の問題ですね。

為末 そういう話って、説明とデータをセットで伝えないと難しいね。

安部 はい。マクロとミクロをつながないとダメなんです。

社会問題って、昔は原因となるような悪い存在がいたんですよ。「悪いやつが有害なものを川に流して下流で被害が出る」とかっていう構図があった。でも最近の社会問題の現場って、ここ10年ぐらい見てきてますが、悪人が居ない。関係者はみんなベストを尽くそうと頑張ってるんですよ。

ジャーナリズムの役割って権力の監視といわれますよね。最近は「忖度、忖度」といわれて批判もされていますが、とにかく権力が悪いことをしないか監視してきた。でも世の中が複雑化しすぎてシステムが入り組んできちゃうと、権力の監視だけでは不十分で、複雑な問題を丁寧に解きほぐしてあげるようなメディアっていうのが必要だと思うんです。それを「リディラバジャーナル」で実現したい。

為末 複雑なものを複雑なまま理解するっていうのは、非常に知的負荷が高いからね。

安部 おっしゃるとおりで、僕も上の世代と話してディスカッションがかみ合わなくなる理由はそこなんですよ。若い世代って自分たちの実感値ベースで、複雑なシステム論みたいな物をできるだけそのまま理解しようとするんだけど、上の世代って選択と集中を経験してきたからか、複雑な物をある程度単純化して、「ここにフォーカスすればいい」という訓練をしてる気がしていて。複雑なまま理解する訓練と、単純化する訓練は別の方向なんですよね。世代によってその訓練してきたベクトルがそもそも違うんで。

為末 向こうからするとイライラするだろうね。「結局、答えはどこなんだ」みたいな。

安部 「一言で言うとなんなの?」とか(笑)。一言で言えないんですよ。このミスコミュニケーション。竹中平蔵さんとの議論でかみ合わなかったのが、どうして若者は選挙に行かないかというのがあって。竹中さんは「若者は不満がないから」って、「選挙のシステムはあって民主主義はあるんだから、不満があるなら選挙に行けばいいじゃないか」という。でも僕が思うのは、多分若者は「選挙に行っても変わらない」と思ってるから。そういう当事者に対する洞察をより深くして物事を理解していく必要があると思うんですよ。

■ノルウェーのサバが高くて日本のサバが安い理由

為末 前にサッカーの本田圭佑選手が、若者の死因で自殺が最多っていう記事を引用して他人のせいにするなってつぶやいて問題になってたけど、言わんとしてることよく分かって。

スポーツ選手の成功は、その人個人に由来する物か、環境に由来するかっていう命題がある。どちらか片方だけではない、自分は比較的環境の立場に立つんだけど。そもそもスポーツのトップ選手は、極めて複雑な要因を経て出てきてるんで、再現するのは非常に難しい。と知りながらもどう再現するかという観点も必要で。イチローが毎日素振りしていたから、それをみんなやるべきだ的な。個人の能力に由来すると思う人は、結構シンプルな解決策に着地できるでしょう?

安部 根性論的な?

為末 それも含めて、そういうのちょっと似てるなと思って。「実際のところどういうモデルか」ということと、「どのように考えるべきか」ってことがスポーツの世界では剥離してる。実際のところは環境要因であっても、個人が自分の脳内に持つべきモデルは、「願えばかなう」っていうモデルのほうがよかったりする。どんな幻想を抱かせるかということと、現実どうなってるかということ。スポーツ界は常に矛盾する2つを抱えながら来てる。

安部  それはスポーツ界だけじゃないですよね。主観のフレームワークと、自分が存在してる社会のシステムの整合性をとるのは難しい。ソフトバンクの孫さんとかもおそらくそうですが、主観のフレームワークが多少ゆがんでて自己暗示能力の極めて高い人の方が大きい事を成したりする。正しくシステム認識してるかどうかはさておき、主観のフレームワークが強い人っていうのは、やっぱり壁を“乗り越え”やすい。

為末 ちょうど昨日カナダからの帰りにリー・クアンユーの本を読んだんだけど、彼が言ってたのは、社会のシステムはその個々人がどのように伸びで行くかっていうことと、そこから生まれてくる余剰の物を全体にどのように分解するかという「陰と陽」でシステムが成り立っていると。シンガポールは常にこの「陰と陽のバランスが崩れないか」という観点から運営をしてきたらしいんだよね。

主観のフレームワークがその感じのまま全体に適用されて、配分がうまくいかないと、何世代にもわたって、ある救いがたい層から抜け出られないシステムになっちゃうんじゃないかなとも思うけど。

安部 経済学でいうナッシュ均衡とパレート最適ですよね。ナッシュ均衡っていうのは、ゲーム理論の囚人のジレンマとかで出てくるんですけど、個体がそれぞれ最適化を求めた結果、全体の最適化にはならなかったりすることで。そのパレート最適・ナッシュ均衡のギャップみたいなのが出てくるわけです。今の話もそう。全体最適を追っていくと個の最適化にはならないですね。ある程度全体主義的になるので。

為末 そうすると、個々の生き生きとした何かが失われていく。

安部 個々のダイナミズムがあるからこそ、どこかで全体のパイを広げるっていう話が出てくる。それはそれで難しいですよ。計画経済がいいのか自由競争がいいのかみたいな話で。私がマグロ捕ってたから魚の話をするのが好きなんですが、「なぜ日本のサバはまずいか」という話がある。ノルウェーとかのサバは高いのに、日本のサバって安く売られちゃってる。それは小さい、育ちきる前に捕っちゃうからなんですよ。

為末 それはなぜ?

安部 自由競争だからです。

為末 あぁ、なるほど。

安部 「コモンズの悲劇」がまさに起きてる。昔は海って無限の生産能力があるように思われてて、好きに捕れたんだけど、今はソナーがあって人間の狩猟能力が海の生産能力を上回ってるんですね。なのに魚の種類によっては、船1隻ごとの漁捕制限をしてない。漁協単位、この海、このエリアの中で、「全体でここまで捕っていいよ」っていう制限はあっても、「他に捕られるくらいなら俺が捕る」ってなる。それで結局小っちゃいサバまで捕るみたいな。子供とか、あと産卵期の魚捕っちゃうと、次の世代の数がさらに減る。という負のスパイラルに入っている。

為末 サバを食べてる魚も居るんだろうからね。

安部 マグロもそうです。生態系も相当崩れてるし。しかも日本は産卵期のマグロまで捕ってるんですよ。これにも背景があって、水産庁って国内の水産業者の監督というより、海外メディアに「日本近海のマグロは減ってないですよ」って言うのが仕事だったんで、減ってきたときにそれを止めるすべがないという。

これは極端な話、計画経済にすれば解決できる。それで成功したのがノルウェーです。北欧の国のいくつかではある時期漁業不振がすごくて、「数年、保証金をやるから海の資源が戻るまで待て。それが終わった後は、もう船ごとに制限をする」と。そうすると個別の船とかは与えられたルールの中で最適化するんで。じゃあちょっとしか捕れないなら単価の高いやつにしようと、太った魚を狙う。小魚は結局、あんまり高く売れないんで、育ちきるまで待つのがいいから小魚は逃がすっていう仕組みになった。だから脂の乗った丸々としたサバしか取られなくなって、ノルウェーの漁業者の所得も高くなったし、結果として海洋資源も守られるようになった。

為末 友達がマグロを売ってるんだけど、ノルウェーとかの漁師はリッチな船に乗ってて、中でコーヒー飲みながら、ハイテクな機器で魚を探してて、ゆっくり見つかるのを待ってるみたいな事言ってた。

安部 私オーストラリアとギリシャで船に乗ったんですが、オーストラリアがまさにそんな感じでした。朝4時ぐらいに船乗って出掛けていって、みんなでコーヒー飲みながら待つ。仕事始まると結構ハードだけど、そこもシステマティックでした。日本の船って、いまだに職人気質な人が多くて大量の投資がされてない。あと日本のマグロはうまいように思えますが、個人事業主の船だとその場で血抜きをしないんですよ。鹿の話もしましたけど、その場で血抜きしたほうがうまいのに。

為末  不思議なもんだね。日本って全部が計画されてるみたいな気がしてたけど、ある世界では逆に個別最適が進みすぎてなんとかなっていった感じなんでしょう。

<<後編は明日7月2日午前公開です>>

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注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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