「ヒット曲もなく......」内田裕也は本当に「ロック界のドン」なのか

2011年5月21日 08時00分

「石巻はロックン・ロール」で
おなじみの内田裕也です。

 交際女性にストーカー行為を働いたとして、5月12日に強要未遂・住居侵入の疑いで逮捕された内田裕也。「ロック界のドン」などの呼称付きで報道されることも多いが、実際はどうなのか。

「『ロック界のドン』というのは、まったく実態がありませんね。内田裕也さんが音楽業界で一定の影響力を持っていたのは35年以上前の話です。日本語ロック論争を仕掛け『ロックは英語じゃないとできない』と主張しましたが、日本語派に押されて存在感を失いました。その後は"ニューイヤーロックフェスティバル"を主催し、手下のミュージシャンを出演させていましたが、毎年赤字を出しているのは知られた話です。強いて言えば『ロック界の名物イベントマン』あたりでは」(音楽関係者)

 実際、内田には目立ったヒット曲がなく、ステージで歌うのは「ジョニー・B.グッド」などのカバー曲のみ。数年前には某広域暴力団組長の誕生会の席で、靴を脱いだ上で「ジョニー・B.グッド」を歌う映像も流出した。

「内田さんに功績があるとしたら、歌手としてではなく、今でいう夏フェスを30年以上前から始めたプロデューサーとしての実績でしょう。しかし企画力はあるものの、お金の計算がまったくできないのが内田さんの悪いところ。方々から借金をして自転車操業でイベントを続け、近年はギャラもほとんど出してなかった」(前出関係者)

 ニューイヤーフェスティバルにはシーナ&ロケッツなどのベテラン勢に加え、若手のミュージシャンが参加することもあった。声を掛けられたバンドや歌手の多くは「内田が怖い」と逃げ回ったが、実際に出演した某ミュージシャンは「内田さんは紳士的でよく冗談も言っていた。怒鳴ったりすることもなかった」と話す。そうした人情味ある人柄からか、大手レコードメーカーの幹部クラスがこっそりと内田を援助することもあったという。

「内田が芸能界に広い人脈を持っていることもあり、レコード会社のトップを交えてしばしば銀座あたりで会食する姿がありました。日本レコード協会会長を務めたI氏あたりとは特に仲が良く、金銭面を含めていろいろと相談していたようですね」(レコード会社関係者)

 もっとも、内田の直弟子ジョー山中が長期の闘病生活に入るなど、ロック畑で内田を支える人間が少なくなっていたのも事実。今回の事件で、38年間続いたニューイヤーロックフェスティバルの次回開催も危ぶまれている。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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