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ラジオ共演者が明かした永六輔さんの“最終奇跡”

2016年8月27日 10時00分 (2016年8月27日 16時11分 更新)

外山恵理アナウンサー(右)・はぶ三太郎

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 肺炎のため先月に亡くなったラジオパーソナリティー・永六輔さん(享年83)をしのび、同パーソナリティー・はぶ三太郎(51)とTBS・外山惠理アナウンサー(40)が本紙にとっておきの思い出を語った。2人は永さんが終生、大事にしていたTBSラジオ番組「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」とその後継番組「六輔七転八倒九十分」で長年相手役を務めた。外山アナは「永さんがいなかったら私はとっくにTBSを辞めていた」と30日のお別れの会を前に、マル秘エピソードも明かした。

 永さんの「土曜ワイドラジオ――」は1991年4月13日に1回目が放送された。

 毒蝮三太夫(80)の弟子、はぶは「学生時代に永さんの舞台を見て、恥ずかしながら『ここはこうした方がおもしろい』なんて、手紙を送っていた。それを永さんが覚えていて、毒蝮のところに『あの若いのに身の回りの世話を頼みたい』と話があった。裏方として呼ばれたが、1回目の放送から出演させていただいた」と振り返る。

 当時の番組内容に触れて「永さんに『昔あったホドヂンという薬が今もあるか探して来い』と指令を受けて、赤坂の薬局に探しに行ったんです。確か防虫剤だった。僕のセリフは『ホドヂンありました』だけだった」と懐かしそうに笑った。

 外山アナは2000年5月から番組に携わるようになった。

「初対面は怖いおじさま。業界では『永さんの現場はいつもピリピリしている』と評判だったから周りのみんなからは『このたびはご愁傷さまでした』と言われました」(外山アナ)

 当時の外山アナは率直な発言でリスナーから猛反発の投書が届くこともあった。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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