「このタイトルで出せないなら、他社に持っていく」。担当編集者にそこまで言わせる作品は、昨今なかなかないかもしれない。

文学フリマで異例の大行列を生んだ同人誌「なし水」。そこに収められた一編のエッセーが、2017年出版界に大波乱を巻き起こしている。ただ衝撃的なタイトルに惹かれて読み進めれば、必ずやいろいろな意味での裏切りに遭う。お涙頂戴路線で読もうとすると、センスあふれる表現力が痛快に感動のはしごを外す。ちんぽが入る人も入らない人も、すべての生きとし生けるものたちへの挽歌『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)。うらやましい、あやかりたい、そして、こだま氏の素顔が知りたい!!

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――いやー、各所で話題になっていますね! 発売1カ月で「4刷13万部」という数字は、昨今の出版業界においては大事件だと思うのですが、こだまさんご自身は、どういうお気持ちですか?

こだま 戸惑いと不安がすごく多くて。
こんなタイトルですから、ネット上で見た人が面白がって買ってくれる程度だと思っていたんですよ。これが地元の書店にも並んで……恐怖しかない。いつ家族の手に渡るんだろうと思うと。

――まだご家族には……。

こだま 言ってないです。

――『夫のちんぽが入らない』は、もともと「なし水」という同人誌に1万字くらいの短いエッセーとして書いたのが始まりだったそうですね。


こだま 「なし水」は、私を含めて4人で出していたんですけど、その方たちが皆さん面白い文章を書くんですよ。だから最初は「この3人にウケたい」っていうだけの気持ちでした。

――ウケたい(笑)。

こだま このタイトルも……深刻は深刻なんですけど、でも、この機会に全部出しちゃえば、楽になるかなっていう気持ちでした。最初は100部くらいしか刷らなかったので「100人程度なら、知られてもいいや」って。ただ3人と、買ってくれた100人にウケたかったっていう。


――その100人が、いまや大変なことに……。

こだま まさか、こんなことになるとは……。ただただ、ウケを狙っていただけなのに。

――「なし水」の方々とは、どういうお知り合いだったんですか?

こだま 引きこもっていた時期に「ネット大喜利」っていう投稿サイトに参加していたんですけど、そこでよく一緒になった4人なんです。それで、「なし水」ではみんなで家族の暴露話や創作を書き合って。メンバーだったのりしろさん(乗代雄介)は「群像」(講談社)の新人賞を取られて今は作家活動していて、爪切男さんはウェブの「日刊SPA!」で連載されていて……「次はたかさんだね」って、言われてる。
たかさんは漫画家志望なんです。面白いです。

――たかさん、プレッシャーでしょうね……。

こだま 「自分以外は、みんな売れてる」って言ってます(笑)。だから本当に、ただただ面白い人たちに面白いと思ってほしいという気持ちで書いていたのが、いつの間にか「感動する」みたいになっていて、身近な人たちは納得してないんですよ。「ただの笑い話だろ?」って。



■ネットと出会って、才能が開花

――「ウケたい」っていう気持ちは、ずっと持ってらっしゃったんですか?

こだま 小さい頃はまったく……とにかくしゃべらない子だったんで、自己表現をすることもないし。ネットと出会って、そこでブログを書くようになってから、自分もウケれるんだ……と。だって、面白い人しかウケないと思ってたんですよ。だけど、ネットだったら、暗くても評価されることもあるんだなっていうのを、初めて知りました。

――クラスの人気者的な人がウケるって思い込み、ありますよね。

こだま そう、絶対なれない地位(笑)。


――ウケるの、気持ちいいですよね……。

こだま そうですね。みんなにっていうよりは、一緒にやっている人たちに認められたいっていう気持ちが強いかもしれない。

――これは人によるのかもしれませんが、何か書いていると「ほかはどう思われてもいいから、とにかく面白いと思われたい」「ウケたい」みたいな気持ちとの戦いになることがよくあります。

こだま ですね(笑)。この作品を書いていたときは本当に何もやっていない時期で、単なる引きこもりの主婦で、ただブログをやっているだけの。でも、これがきっかけで「クイック・ジャパン」(太田出版)さんに連載のお話をいただいて、「週刊SPA!」(扶桑社)さんからいただいて、すべての始まりが、ただウケたいとだけ思っていた同人誌だったんです。

――(担当編集の)高石さんにお聞きしてもいいですか? 高石さんが絶対このタイトルに……と会社を説き伏せたと伺いましたが、そこまで強く思ったのはなぜでしょうか?

高石 最初、僕にこの作品の存在を教えてくれたのは、まんしゅうきつこさんだったんですよ(※高石氏は、漫画家まんしゅうきつこさんの担当でもある)。それで、普通の面白エッセーみたいなノリで読むじゃないですか。「ちんぽ」ですし。でも、想像と中身のギャップに驚いた。それを読者にも味わってほしいという気持ちが強かったんです。

――確かに。「ちんぽ」は何かのたとえなのかなって思いながら読んだら……。

こだま そのまんまの意味(笑)。最初は、ただこの事実を知ってもらいたいというのがあって、タイトルに持ってきたんです。それでこのタイトルにした限りは、何かにつけてこのフレーズを出さねばと。入らない、入らないと連呼して。

――よく「勃起しない」つらさの話は耳にしますけど、「勃つけど入らない」というのは、あまり表面化してこなかった悩みだと思います。

こだま そう、こうやって書いたことによって「実はうちも入らないんです」っていう声をよく聞いて、そんなに珍しいことじゃなかったというのを初めて知って、それも私にとって大きかったです。

――“そもそも勃たない”派からしたら「ぜいたくな悩み」って言われそうで、なかなか声にできなかった人もいたのかなぁ……。

こだま 悩みの方向は違うかもしれないけど、できないことは一緒なんですよね。ただ私自身に関しては……普段は家からまったく出ないので、特に何も変化はないんですよ。外側だけ盛り上がっている感じで。Twitterやネットをしているときだけ「あぁ、本当に(本が)出たんだな」っていう実感があって。パソコンから離れると、地味~な山奥での暮らしが待っている。


■売れても素直に喜べない……

――そのギャップを楽しむ気持ちはないですか? 旦那は知らないけど……みたいな。

こだま それ以上にバレたときの恐怖がデカすぎて、楽しめない。毎日高石さんに「今日は無事でした」っていう報告のメールをするんですよ。おそらく私以上に、高石さんはその責任を負ってくださっているというか。

高石 だって、僕が悪いじゃないですか。声かけたし、企画通したし、「ちんぽ」出しちゃったし。だから僕も素直には喜べてなくて。バレないでほしいので……こだまさんからの「無事」メールがくるとホッとする。

――2人だけノイローゼ(笑)。

高石 売れてほしいけど、売れてほしくない。うれしいけど、うれしくない。ずっと引き裂かれている。

こだま 私が怖がることで、高石さんにも不安を与えてしまっている。周りのみんなは「いっそバレて、きちんと旦那さんにも言ったらいいんじゃない? これなら怒らないと思うよ」って言ってくださるんですけど……。

高石 そうは言いますけどね……。

こだま 内容が内容なので……完全にネタにしてるし……。

高石・こだま ……。

――(暗くなっちゃった!!)でも、ほら、「キング」じゃないですか。男性にとってキング、相当褒め言葉ですし。

高石・こだま ……。

――(もっと暗くなっちゃった!!)あの、どうも「ちんぽ」に目がいきがちですが、こだまさんの文章は表現のセンスがすごいな……って。そういうセンスって、どうやって培われてきたのでしょうか?

こだま 私が育ったのは集落も集落で、映画館もないですし、本当に文化がないところ。テレビもろくに見せてもらえませんでしたので、子どもの頃は本だけ、推理小説とか。大人になってネットをやるようになって、面白い人の文章を読んだりして、そこで急速に情報を得たんです。やっぱりネット大喜利ですね。

――なんか、道場みたいですね。

こだま そう! よく投稿していたサイトも「○○道場」みたいな名前で。全国から300~400人くらい一気にお題に投稿して、採点されて順位を付けられるんです。自分の書いたものが点数になるって、引きこもりの主婦にとっては面白くて。小さい頃の抑圧されていた感じが、そこで一気に爆発した、みたいな。ようやく面白いもの見つけた! って。

――その道場では、「ちんぽ」的なジャンルにも参加していたんですか?

こだま いや、私、どちらかという下ネタはあんまり得意じゃなくて……。「ちんこ」でも「ちんちん」でもなくて「ちんぽ」にしたのも、自分から一番遠い言葉だったからなんですよ。下ネタは言ったら怒られるんじゃないかっていう怖さがあって。

――「下ネタ言うと怒られる」って、なんかわかる気がします。世代的なものかもしれませんが。

こだま でも、私が唯一優勝したのは「下ネタ大喜利」だったんですよね。

――……今、ちゃぶ台ひっくり返しましたね。

こだま すみません(照)。


■“入らないこと”より、つらかったこと

――こだまさんの文章は、面白いのももちろんですけど、すごく読みやすいんです。

こだま 私、本当に一時ですけど、タウン誌でライターとして働いていたことがあって。そのときに「わかりやすく読ませる」ことを編集さんに教えてもらったから、それがよかったのかもしれません。

――なるほど。自分のことだけどすごく客観的で、ご自身の気持ちですら「事実」として書かれているなぁと。

こだま そうですね。事実ですね。もうどうしようもない。あまり入り込みすぎないように書こうとはしてました。

――執筆中はどうでしたか? つらかったですか?

こだま つらい時期のことは割と書けるんですけど、付き合っているときの甘い話を書きたくなかった。あまり身内を褒めたくない。だから、同人誌のときは全然書かなかったんですけど、高石さんからは「そこを重点的に書いてください」と言われて。

――確かに。

こだま 「すごく幸せなんだけど、そういう関係性を持てない」という落差につながるから……だけど、当時のことを書くときは、当時の気持ちにならなきゃいけないじゃないですか。夢中になっている自分を書かなきゃいけない。その恥ずかしさと向き合うのが、つらくて。

――こだまさんのような、自分の中の「恥ずかしさ」とちゃんと向き合って、作品として笑いに昇華させている方々が今、次々とブレークなさっている気がします。まんしゅうさんもそうですよね。

こだま 恐れ多いです。私、故・雨宮まみさんから「一生に一度しか書けない文章っていうのがあって、これはまさにそれなんだけど、それを書いちゃったら終わりかっていうと、書いたら次も書ける。ビビッて書かない人は、ずっと何も書けない」という言葉をいただいて、これは思い切って出してよかったんだなって、そのとき本当に思いました。この本に全部自分の人生を押し込めちゃったんで、もう書きたいことはないだろうって思ったんですけど、「また書ける」という雨宮さんの言葉が、今すごく励ましになってます。

――次回作のプレッシャーはありますか?

こだま これを機に大きく何かやりたいっていう気持ちは特になくて、今いただいている連載だけは頑張ろうと……。身元が危ないっていうのが、根底にあるので。

――こだまさんの面白さの根底にいつもある「身元が危ない」(笑)。

こだま それが私の中で、いいバランスになっているのかもしれません。はしゃげない、喜べない。

――すごく謙虚に見えるけど……。

こだま ただおびえているだけ。


■書籍化自体が“壮大な大喜利”

――でも、「週刊SPA!」のインタビューで松尾スズキさんがおっしゃってましたけど、こだまさん、フェイクの入れ方が微妙だと……。

こだま 創作っていう、イチから作ることに慣れてないんです。自分の原体験を基にしなきゃ書けないので、ほぼありのまま。松尾さんに「ちょっとしかズラしてないんじゃないか」って指摘されてハッとしました。

――誠実なんだと思います。ひとつ大きなウソが出てくると、そこに引っ張られちゃう。

こだま 大きく変えたら全然詳しくも書けないですし、かなり外れたものになっちゃったと思います。ただこの本は、美談ではなくて、情けない人間の話として読んでもらえるのが一番ありがたいかなぁ。私のやっていることの中には悪いこともありますし。それをいいように捉えられてしまうのはちょっと……。

――でも、アレですよね。同人誌時代からのお知り合いの、この作品を純粋に面白がっていた人にとっては最高のオチですよね。ただウケたいだけの同人誌が、本になり、13万部売れて、ちょっと感動するみたいな話にもなって……。

こだま で、本人だけがビクビクしてる(笑)。

――すべてが大喜利のような。

こだま 周りの人が一番喜んでますね。

――もしも、もしも、旦那さんにバレたらどうしますか?

こだま 夫次第ですね。「もうこんなもんやめろ」って言われたら、反省の意味も込めてやめるかな……でも、名前だけ変えて、また書いてそうな気もする……。

高石……こだまさん、絶対やめられないと思う。

こだま そう。怖いけど、それを超えるくらい、書いていて楽しいし。

――また「こだま」から、そんな離れてないペンネームつけて(笑)。

高石 間違いなく、ひらがな3文字でしょうね。ヘタしたら「こまだ」。

――ひらがな三文字の作者の面白い作品見つけたら、「あぁ」って思います。

こだま みんな素知らぬふりして、「こだま出直したのか」と迎えてくれたらいいなと思います。
(取材・文=西澤千央)