芸能界を離れていた約10年の間、ヒロミがトレーニングジム経営で大成功を収めていたのは有名な話。2015年に『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)へ出演したヒロミは「芸能界でやってこられた人なら、ほかの何をやっても成功できる」と断言している。

彼の実績を振り返ると、説得力のある言葉だ。

 ほかにも、雨上がり決死隊宮迫博之の元相方がラーメン店、キャバクラ、芸能事務所、アパレルブランドなどを立ち上げ、成功者となった恵藤憲二氏であることは多くの人が知る事実である。

 これらの成功例を、“芸能界で培ったスキルが他業種でも通用する証し”としてもいいものだろうか?

トレエンが「コンプレックスを武器に変える手法」を伝授

 9月18日よりスタートした『漫才先生~ビジネス基礎~』(NHK Eテレ)が面白い。この番組のコンセプトは「漫才師がビジネスマンにビジネス道を熱血指導する前代未聞の若い働きマンへの新ビジネス指南番組」である。

 第1回目の講師として登場したのは、トレンディエンジェル。斎藤司はNSC(吉本総合芸能学院)入学以前、楽天に勤務していた経歴の持ち主だ。
そんな彼らが、若きビジネスマンたちを相手に講義を行う。今回のテーマは「コンプレックスを最大の武器にせよ」だ。トレエンのコンプレックスといえば、やはり頭髪ということになるだろう。

 デビュー当初、トレエンは“ハゲネタ”を避けたネタ作りをしており、ウケを取ることができなかった。いや、それ以前にネタを真剣に見てもらうことすらできなかったという。これは、当時の彼らの知名度のなさゆえ。
しかし、ハゲネタを解禁してから、彼らの快進撃は始まる。

斎藤「ハゲは、当時の僕らより有名でしたから。今はハゲを抜きましたけど」
たかし「ハゲを抜くって、ややこしいですけど」

 要するに、自分のことを知らない相手への“壁”を突破する方法として有効なのが「コンプレックスを武器にする」という手法だったのだ。

 ここからは実践編。「人見知り」をコンプレックスとする生徒が、たかしを相手にいつもの飛び込み営業の様子を披露したのだが、これがどうにも弱腰だ。保険のセールスをしたいのに「時間ないからいいよ」と言われた途端、「わかりました」と退出してしまう。
その表情にはすまなそうな感情が出まくっており、俗に言う“困り顔”になってしまっていた。

 そんな彼に、斎藤は「話を聞いてもらうことが大事」とアドバイス。その時、武器にしてほしいのがコンプレックスなのだ。「コンプレックスを見せる」と「相手に弱みを見せる」ことになり、それは即ち「心を開いてくれる」ということになるからである。

 では、具体的にどうすればいいのだろう? ここで斎藤が見せたお手本は秀逸である。“困り顔”を、見事にプラスに転換してみせた。


斎藤「すいません、佐藤さんいらっしゃいますか?」
たかし「佐藤? ウチにそんな人いない」
斎藤「あれ、いないッスか? ……やっべ、間違えちゃいました! あのぉ、田中さんはいます?」
たかし「田中もいないよ(笑)」
斎藤「あれ? あるんですよ、こういうところ。すいません、失礼します!(退出しようとする)」
たかし「(斎藤が落とした財布を見つけ)あれ、ちょっと!」
斎藤「なんか、すみません。拾ってもらっちゃって。ただごとじゃないな、この関係性は……。じゃあ、またお邪魔しますんで。あっ、これよかったらウチでやってる保険の資料なんでこれ見といてください」
たかし「えっ?」

 実はこのくだりには、ビジネスに有効なスキルがいくつか盛り込まれている。
まず、質問を繰り返すことで会話をコントロールする「質問話法」を駆使。また、商品をまったく売ろうとしていない斎藤の態度は、会話中にニーズを見つけて「買いたい」と言わせる「売らない営業法」と通ずるものがある。加えて“困り顔”を印象付けることで、相手を助けたくなる「人間の援助行動」も引き出している。「人見知り」のコンプレックスが、相手の気を引くチャンスとして見事昇華されたのだ!

■「最速でネタに引き込む」という企業秘密をさらすサンドウィッチマン

 9月25日放送の第2回目に登場したのは、サンドウィッチマン。前回のトレエンは比較的、スピリッツの部分に関する授業を行っていたが、今回のサンドウィッチマンはがっつり営業方法について言及する。というのも、伊達みきおは芸人になる前に福祉用具の営業マンを5年間勤め上げていたのだ。


 それにしても、この回のサンドウィッチマンは大サービスだった。自らの漫才台本を掲示し、そのシステムを親切丁寧に解説していくのだから。

 サンドの2人がまず始めにアドバイスするのは「最初に一番言いたいことを言う」ということ。いわゆる“ツカミ”に当たる部分である。番組によって一つのネタを「3分にしてくれ」「5分にしてくれ」とリクエストされることなど、芸人にとっては日常茶飯事である。だからこそ「最速でネタに引き込む」が、永遠のテーマとなる。設定に入る前にだらだらさせない。

 例えば、サンドのネタにはこういうくだりがある。

伊達「世の中、興奮することはいっぱいありますけど、一番興奮するのはお寿司屋さんに行った時だね」
富澤「間違いないね」
伊達「あっ、お寿司屋さんだ。興奮してきたな。ちょっと入ってみようかな」

 上記の流れ、無駄が極力排除されているのだ。「俺、お寿司屋さんやってみたいんだよね」「そうなの?」「俺がお寿司屋さんやるから、あなたがお客さんとして入ってきて」というお決まりの流れが邪魔だと2人は考えた。なので、伊達が「あっ、お寿司屋さんだ」と言うだけに留めている。

 そして、すぐにツカミへ突入する。

富澤「ヘイヘイヘイヘイヘイラッシャイ」
伊達「少年野球か、うるせえな!」

 これは、ビジネスの世界にも応用できるロジックだ。あらゆるシチュエーションでは、切り口(入り)が大事になってくる。漫才も、テレビも、映画も、プレゼンも、重要なのは最初の1分間。この時点で、相手を引き込めるかが左右される。まさしく“ツカミ”。細かい説明は後回しでいい。とにかく、冒頭1分で本題に入ってしまう。それが重要だとサンドウィッチマンは説く。

 それにしても、サンドウィッチマンが明かした手法は具体的すぎる。これって、彼らにとっての企業秘密じゃないのだろうか? 講義を受けたビジネスマンから「こんなに手の内をさらしちゃっていいんですか?」と問われたサンドウィッチマンは「全然いいですよ。台本に上げちゃえばわかるものなので」と、至ってクールな態度を貫いていた。

 トレエンもサンドウィッチマンも、職人だ。一つのボケ、言葉が決まるまでに2~3カ月かけることもザラ。実を言うと究極に理論的なその構造は、ブラッシュアップされ尽くしているだけに、あらゆるシチュエーションで応用可能なスキルとなっていたようだ。

「漫才師がビジネスマンにビジネス道を熱血指導する」というコンセプトであるものの、それだけに収まらない『漫才先生』。裏側をあくまで“チラ見せ”することで、芸人がよりカッコ良く見えてくる番組であった。
(文=寺西ジャジューカ)