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寿司に魅せられる日本人の「米食」嗜好のルーツは江戸時代のコメ余りが原因?

2017年9月28日 08時00分 (2017年10月9日 07時47分 更新)

日本人の「米食」の嗜好のルーツは豊臣秀吉にある?(depositphotos.com)

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 糖質制限が普及してきて外食産業もその動きにしっかり乗ってき始めました。

 2017年の夏の驚きは、回転ずしチェーンの「くら寿司」が「低糖質にぎり」を販売し始めたことですね。酢飯の代わりに酢大根を使った握り寿司(?)です。「そこまでして寿司が食べたいの?」って思ったのですが、食べた人たちのSNSでの発言は軒並み高評価でした。

 子供のころからお寿司はご馳走の代名詞みたいなものだし、みんな好きですよねえ。世界的にも「SUSHI」で通じますからね。

 さて、今日はそんな「糖質の塊」のお寿司を私たちがこよなく愛するようになったのは豊臣秀吉のせいかもしれないというお話です。話は織田信長から始まります――。

織田信長は銭の力で全国統一を目指した

 戦国時代初期から半ば過ぎまで、国力を決めるのは国土の、それも水田や畑の広さでした。広ければ広いほどたくさんの穀物が取れて、たくさんの人間(=兵力)を養えるからです。

 織田信長の父親の織田信秀は尾張という小さな国の国主でしたが、例外的にどんどん伸し上がってきました。尾張に住む津島商人たちの商売を活発にさせて、農作物ではなくて銭の力で軍備・人員を増強したからです。尾張という地勢が商売に向いていたからだけでなく、信秀の才覚によるものだったのでしょう。

 信秀の銭の力見て育った信長は、東海地方最強の今川義元軍の侵攻を受け、それを防ぐために桶狭間で奇襲をかけて成功します。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメント 1

  • 匿名さん 通報

    寿司ネタやるなら微笑みの国タイまで遡らないと。話はそれから。

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