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2016年1月30日
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人類はいかにして「太陽が太陽系の中心である」という事実を知りえたのか?

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 太陽を中心とした太陽系モデルが初めて提唱されたのは、コペルニクスが登場する1,000年以上前のことだ。

 太陽系の本当の姿はどのようなものか? 太陽と惑星が存在する平面のずっと上空を飛ぶことができたとしたら、太陽系の中心には何が見えるのか? この疑問に天文学者が答えるには随分と時間がかかり、やがては天動説(地球中心モデル)と地動説(太陽中心モデル)という有名な議論が巻き起こることになった。

天動説

 古代人は、背景の星々の間を動いているかのような明るい点の存在に気が付いていた。裸眼でも観測できる惑星を最初に発見した者の名は、時代の静寂の中に埋もれて知る由もないが、世界中の文化でその存在が知られていたことは確かだ。

 例えば古代ギリシア人は、そうした惑星には月と太陽のほか、水星、金星、火星、木星、土星があると考えていた。それらの中心に地球があり(天動説)、他の惑星はその周囲を回っているとされた。その後、各曜日の名称がこの7つの動く光の点を象徴する神々の名にちなんで名付けられたことを思えば、文化的には非常に重要だったと言える。

[画像を見る]
ポルトガルの地図製作者バルトロメウ・ベルホによる地球を中心とした宇宙(1568年)

地動説が支持されるようになるまでの歴史

 だが古代ギリシア人なら誰もが地球が中心にあると考えていたわけではない。
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