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2016年2月28日

浮浪者と間違えられ電車にはねられるも放置される。サグラダ・ファミリアの建築家として知られるアントニ・ガウディの切ないエピソード

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 サグラダ・ファミリアを手掛けた建築家として知られるアントニ・ガウディ(1852年 - 1926年)は、カタルーニャモダニズムの先駆者であり、その作品群は、1984年ユネスコの世界遺産に登録されているほどの人物である。

 そんな彼だが、かなりせつない晩年を送っていたそうだ。親しい友人や親戚に先立たれ、外見を気にせず仕事に没頭するがあまり浮浪者に間違えられ、路面電車にひかれるも搬送が後回しになってしまい、手の施しようがなくあの世へと旅立っていったのだ。

 ガウディは、高く天までそびえたつ大胆で鮮やかなデザインの建築で有名になり、一目置かれ、裕福になった。1883年、ガウディはバルセロナに、ローマカトリックの巨大な聖堂サグラダ・ファミリアを建築し始めた。ガウディといえばサグラダ・ファミリアというくらいの彼の傑作だ。

 ガウディは、この教会を"神の建築"と名づけ、その建設を神の栄光を称えるための仕事と公言した。彼は生涯未婚で、子どももいなかったが、その代わり、建築の仕事とカトリック信仰に揺るぎない姿勢で身を捧げた。

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 年をとるにつれ、ますます信心深くなり、熱心にミサに出席して毎日祈りを捧げた。極端な断食を行い、肉類やアルコールは避け、ランチにはミルクに浸したレタスしか食べなかった。

 1910年代始めに、近しい友人、親戚、共同制作者、パトロンたちが亡くなると、ますます仕事にのめりこむようになった。

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