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2016年3月20日
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江戸時代、安政の大地震直後に大量の出回ったナマズモチーフの鯰絵(ナマズ絵)



 1855年(安政2年)10月2日に起きた安政の大地震の直後、江戸を中心にナマズをモチーフに描かれた浮世絵「鯰絵(なまずえ)が大量に出回った。

 これは、オオナマズが地下で暴れることで地震が発生するという当時の民間信仰に由来する。ナマズは崇拝対象となり、庶民は、鯰絵を身を守る護符として、あるいは不安を取り除くためのおまじないとして、競うように買い求めたのだ。この流行が収束するまでのおよそ2ヶ月の間に多数の作品が作られた。

 鯰絵の種類は250点を越えると言われており、当時の書籍や浮世絵は幕府の検閲を受けていたが、鯰絵はほぼすべてが無届けの不法出版であり、取締まり逃れのため作者や画工の署名が無いものが多い。

1.鹿島大明神とナマズ。両者の関係を題材にした鯰絵は数多い
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 鯰絵には多種多彩な構図が用いられた。大鯰を懲らしめる庶民の姿を描いた合戦図の形式、あるいは両者の対立を描いたものが特に知られる。

 鹿島神宮(現在の茨城県鹿嶋市)の祭神である武甕槌大神が「要石」によって大鯰を封じ込めるという言い伝えは当時広く流布しており、ナマズと対決する役柄として鯰絵にもしばしば登場している。

4.大鯰を押さえつける鹿島大明神
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 ナマズが地震を起こしたことを謝罪したり、震災復興を手伝ったりするユニークなパターンも、いわゆる「世直し鯰」の構図としてさまざまな作品が作られた。
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