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2016年2月27日
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年間1000人が斬首され、その骸が出土した“死臭がした場所”=小塚原刑場

 1958年にラジオ東京テレビが制作したテレビドラマ『私は貝になりたい』で、フランキー堺演じる主人公の清水豊松は、戦時中に一兵卒として従軍したことをキッカケに、そのエンディングで絞首刑になる悲劇的な最期を迎えた。

【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2016/02/post_8875.html】

 だが現在においてもポピュラーなスタイルとなっているこうした絞首刑は、こと日本に限って言うと歴史的に見ればそれほどたくさんは行われていない。たとえば江戸期においても、絞首刑は庶民用に用意されていた六つの刑罰のうちのひとつに過ぎなかった。当時、その刑に処された数で言えば、やはり斬首刑の方が目立っており、その多くは、江戸市中に点在していた3つの大刑場で行われていたのである。

 東京都荒川区南千住四丁目に位置するJR常磐線と東京メトロ日比谷線の南千住駅は、現在、1日平均27,571人もの客が乗降する(※平成26年度のデータによる)、割と大きな駅である。この駅が誕生した1896(明治29)年より前の時代、この場所には多くの罪人が最期の時を迎える、血なまぐさい刑場が存在していた。

 江戸期の1651(慶安4)年、三大将軍・徳川家光が死去した年に完成した小塚原刑場が、その惨劇の舞台である。

 その往時、大和田、鈴ヶ森と並び、江戸の三大刑場としてその名を轟かせたこの小塚原は、間口60間(約108m)、奥行30間(約54m)あまりの当時としては大規模なものだった。

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