あの伝説の「犬漫画」がiPhoneアプリで登場。しかも冒頭664ページが無料で読める。
これはダウンロードせずには、いられまい~っ!

というわけで、高橋よしひろの代表作「白い戦士ヤマト」が、昨年末からAppStoreで配信中です。原作は昭和51年から平成元年まで、足かけ13年にわたって月刊少年ジャンプで連載され、同誌の黄金時代を支えた名作。本作が確立した「犬が主人公」というスタイルは、その後も「銀牙」「銀牙伝説WEED」へと受け継がれていきます。

iPhoneアプリ版では、全26巻を5つのアプリに分けて完全収録。第1巻は無料、2巻目以降も特別価格の350円で販売中です。主人公の秋田犬ヤマトと、飼い主の少年・藤原良の出会いから、ライバルの立花年男、親友の石垣小助との出会い。
回転地獄、空中殺法といった初期必殺技の体得。闘犬へのトレーニング、デビュー戦、そして巨漢の覆面犬ハリマオとの戦いまで、たっぷり読めます。

しかもハリマオの覆面がはがされ、いよいよ勝負は佳境……というところで、第1巻が終わるんですよ。かりに5アプリをすべて揃えたとしても、今なら1400円。漫画喫茶に籠もって読むより、ずっとお得というモンです。

紹介が前後しましたが、本作のテーマは「闘犬」です。
伝説の横綱犬、吹雪を父に持つ秋田犬ヤマトが、さまざまなライバル犬との戦いを乗り越え、山形闘犬会の横綱に上り詰めるまでが描かれます。

この漫画、改めて読むと、かなりハードです。野犬の群れが村の家畜小屋を襲うシーンから始まり、報復に出た地元猟銃会の一斉射撃で駆逐され、悲劇が発生。後に飼い主となる良と、まだ子犬のヤマトの目の前で、群れを率いていた父犬の吹雪が、額に銃弾を撃ち込まれて、絶命しちゃうんです。

銃弾を受けた後、ヤマトに何かを伝えるように、雄叫びを上げながら絶命する吹雪の雄々しさは、序盤の名シーンです。実は吹雪も闘犬として育てられながら、飼い主の誤解で虐待され、野犬のボスとなっていたんですね。
一度は人から裏切られた闘犬が、死を目の前に、子どもを再び人の手にゆだねる……。いやー、深いです。

もう一つの特徴が、犬の格好良さです。良をはじめとした人間側は、みなデッサンがガタガタだし、いかにも昭和っぽい絵柄なんですが、犬の方はビシッとデッサンがとれていて、雄々しく力強く、時代を超越しています。闘犬場で犬同士が絡み合うシーンも、写真かと見間違うくらいに、ポーズがしっかりしています。ヤマトは主人公だけあって、人間っぽい瞳をしていますが、他の犬は文字通り「獣の目」なんですよ。


犬が一言も喋らないのも、この漫画の大きな特徴です。かわりに登場人物との絡みや、ナレーションで補なわれながら、ストーリーが展開していきます。このストイックな姿勢もまた、格好良さに大きく貢献しているんです。それにしても犬と人、どっちも高橋センセが描かれてるんですかね? それくらい画力が違うような……。

中でも良の親友で、三枚目的な役柄の石垣小助が、飼い犬でブルドッグのジャンボに猟銃を向けるシーンは泣かせます。ひょんなことから野犬の群れに襲われたジャンボと良。
ジャンボは野犬に立ち向かうものの、多勢に無勢。良をかばって、嬲りものにされてしまいます。

すんでの所で助けられ、一命は取り留めるのですが、猟銃を持ち出し、安楽死させようとする小助。「ジャンボは闘犬の道をすてなきゃならないんだ こんなからだでいきていくなんてあまりにみじめすぎる いっそ……」。引き金を絞る小助、見上げるジャンボの目から一筋の涙。このコマは必見ですよ。
犬と人との関係がテーマという、いわば元祖「ポケットモンスター」なんですよね。

そんな小助を間一髪で止めるヤマトと良。「ほんとうにそんなことがジャンボのためだと思っているのか おいら小助くんをみそこなったよ よわ虫--」。雄々しいヤマトと違って、良もまた普通の子なんです。その昔、近所のガキ大将に犬をけしかけられ、子犬だったヤマトに助けられたほど。本当の強さって何なのか、考えさせられます。

それにしても、こんな風に「!」マークを連発させながら、登場人物が互いに魂をぶつけ合いながら進む、暑苦しいまでに過剰な展開。デッサンがガタガタな登場人物。勢いだけのモブシーン。どっかで見たと思ったら、高橋よしひろの師匠は「サラリーマン金太郎」の本宮ひろ志だったんですね(ウィキペディアより)。

んでもってアシスタントが「魁!!男塾」の宮下あきら、「北斗の拳」の原哲夫と知って、妙に納得。プロパンガスのボンベを火炎放射器にして、野犬の群れを丸焼きにする小助のシーンなどは、明らかに本宮イズムの影響というか、なんというか。他に「この一升瓶を持って罵声を上げている観客を描いたのは……」なんて想像しながら読むのも、マニアックで良いかもしれません。

高橋よしひろは秋田県の南東端に位置する東成瀬村の出身。同じ秋田県出身の漫画家といえば、「釣ちキチ三平」の矢口高雄がいます。大自然をバックに、かたや犬と人、かたや魚と人がテーマの名作を発表。共に生まれ育ったふるさとや、子どもの頃の原体験が、作品に大きな影響を与えているんですねえ。

漫画ビューアとしては、可もなく不可もなくといったところです。画面の二回タップで拡大、縮小。左右タップでページ送り、戻しができ、上タップで目次メニューが表示されます。しおり機能はありませんが、目次から各話毎に直接ジャンプできるので、それほど不都合はないでしょう。

残念なのは、iPhoneだと画面が小さいので、細かい台詞が読みにくいこと。拡大・縮小を何度も繰り返すことになってしまいます。ページ単位での表示なので、見開きの大ゴマが分割されるのも玉に瑕。犬が内蔵を咥えているシーンなど、一部の残虐描写で白く修正されているのも、AppStoreのルールとはいえ、うーんって感じです。

もっとも、無料でこれだけ読めれば御の字でしょう。2巻以降も破格の値段なので、ついつい手が伸びちゃいます。「1巻無料、2巻目以降は有料」というビジネスモデルは、漫画アプリでは一般的ですが、すべて揃えると単行本とかわらない値段になる場合が多く、不満がたまります。それに比べて本作の良心的なこと。ぜひ、見習って欲しいですね。

また、AppStoreでは高橋よしひろの新作「HANAKO」「銀牙伝説WEED外伝-メルの旅立ち-」の2作も配信されています。こちらはiPadのネイティブ版も配信され、より見やすい内容となっています。しかも価格はすべて115円。いやもう、太っ腹すぎますよ。

余談ですが、アナログ作品のデジタル版は「安い、お手軽、品質はそこそこ」で良い、というのが持論です。CDで音楽を聞くより、コンサートでライブを楽しむ方が良いに決まっています。映画だって、スポーツ観戦だってそう。漫画アプリも同じで、スキャン画像を液晶で読むよりも、オリジナルの単行本を読む方が、そりゃ良いですよ。

それだけにアプリ版には、デジタルの良さをもっと生かして欲しいところです。書籍の新刊とアプリ版を同時に配信し、アプリ版は段階的に価格を下げていくとか。単行本だけでなく、映像作品や音楽CDなどの関連商品も買えちゃうとか。まだまだ、できることがたくさんある気がします。
(小野憲史)