「楽しかった!」
東京都中野区にある松が丘助産院で出産した人の感想だ。
「思い出したくないくらい痛かったよー」「無痛分娩の方が楽でいいよ」
出産=つらくて苦しいもの。
妊娠したとたんにこのような声を聞くことが多く、先日参加した地元の母親学級でも、出産への不安を漏らす妊婦が多かった。現在妊娠5ヶ月、出産がまだまだ先のためか不安はまったくないのだけど、「楽しかった!」とは思えないんじゃないのかなあ。

松が丘助産院院長の宗祥子著『安産力がつくナチュラルなお産の本』が発売された。東日本の被災地にいる妊婦を東京に避難させたり、出産や産後の生活をサポートする「東京里帰りプロジェクト」の代表でもある著者の、長年の経験から培った安産づくりの方法が詰まっている。
松が丘流で実践していることは、大まかにわけると以下の4つ。
・和食中心の生活に切り替える
・朝5〜6時に起きて、22時には就寝する
・体を温める
・1日3時間歩く
シンプルでごく当たり前のことかもしれないが、これを数カ月の間、毎日続けようと思うとけっこう難しい。

〈松が丘助産院の妊婦さんはお産を人まかせにせず、自分で体作りをしている〉
〈安産は偶然ではなく、自分で“引き寄せる”もの〉
人に産ませてもらうのではなく、自分の力でいいお産を作る。時に厳しいことも書いてあるが、妊婦になっただけでメルヘンワールドに強制入国させられるような本が多いなかで、叱ってくれる本はむしろ心地いい。わたしは松が丘助産院とは別の病院で出産する予定だし、目標に向かってストイックに努力するタイプでもない。でも、同じ産むなら「辛かった」よりも「楽しかった」って言いたい!

まずは食べ物から、と松が丘流の食事を取り入れてみることに。ノンオイル&ノンシュガー、肉や魚を減らした野菜中心の和食が基本……。
「む、無理っす!」
ラーメン万歳! パンと甘いものが大好き! やっとつわりがおさまって食べることのよろこびを噛みしめていたわたしは、早くも心が折れそうになった。
でも、本書にも〈50点からはじめよう〉とあることだし……と気を取り直してレシピを見る。
・ほうれん草ののり和え(茹でたほうれん草に、焼きのりとしょうゆを和えたもの)
・蒸しきのこ(蒸したきのこにしょうゆをかけたもの)
・車麩の煮物(車麩と野菜をだし汁酒で煮こみ、しょうゆと塩で味をととのえたもの)
手間がかからないものばかりだ。これなら続けられそう。手はじめに、かつお節と昆布でしっかりと取っただしを使って、料理の味付けを薄くした。家で食べるときはほうれん草や小松菜などの葉酸の多い葉野菜を必ず取ることも心がけた。最初は少し物足りなさを感じたものの、何日か薄味の食事を続けているうちに、これまで食べていた煎餅が塩辛く感じはじめた。
外食をするとやけに喉が乾くようにもなり、家で作ったごはんが恋しくなった。松が丘流の食事はそのまま離乳食にも応用できるので、わたしのようにずぼらな人間でも続けようという気持ちになれるという利点もある。

個人的に、特にハードルが高いのが22時就寝だ。急にはじめるのは難しいので、まずは24時前には布団に入るようにした。目を疲れさせないよう寝る前に本を読むこともやめた。それだけで、悩まされていたお腹の張りがなくなったのがうれしい。
今後は起きる時間を少しずつ早めることで、寝る時間を前倒していこうと思う(散歩もね)。

まだまだパンやお菓子を食べてしまったり外食をしてしまう日もあるけれど、身体に意識を向けて生活をしているせいか、便秘も解消されて以前よりも体調がいい。
冒頭の「楽しかった」は、なにか特別な魔法を使っているというわけでもなければ、痛くなかったということでもない。むしろその逆で、いい陣痛は〈どちらかというと痛いもの〉で、〈痛い陣痛こそ、子宮が赤ちゃんを押し出すための力であり、エネルギー〉なのだとか。
また、前記の4つの項目は、ひとつだけを実践するのでは意味がない。歩くことで骨盤内の血流がよくなって不眠が解消されたり、糖分を減らした食事や早寝早起きが冷え対策につながったりと、すべてを行うことで体調が整えられる。
食事や運動などで身体を整えたことでいい陣痛を迎えることができ、その達成感が楽しいにつながるのだろう。

出産に対する考え方やスタイルはさまざまだけど、不安を抱えたままお産を迎えたくないひとは、本書を手に取ってみてほしい。(畑菜穂子)