2011年からブームになっている調味料と言えば、「塩麹」でしょう。野菜や魚、お肉を付けてもよし。
お塩の代わりにそのままかけて使ってもよし。隠し味に使ってもよし。場合によってはそのままお酒のつまみに食べちゃう人もいるとか(それは私です)。まさに万能調味料とも言えるものです。

この塩麹ブームがどこからきたのか。様々な説がありますが、現在もイブニング誌で連載中の「おせん」が火付け役になったと考えるのがいいでしょう。


ここで「おせん」を知らない方のためにちょっと解説をしましょう。「おせん」は1999年に「モーニング」で連載が開始された、きくち正太先生の料理漫画です(現在は掲載誌を「イブニング」に移しています)。

老舗の料亭「一升庵(いっしょうあん)」を舞台に、呑んべえで食い意地の張った天然若女将と、それを補佐するムチャクチャイケメン帳場の若者が主人公のお話です。うそです。いまのはその帳場の若者が最新刊で言った台詞を拝借しました。正確には、呑んべえで天然だけれども天才的な美的感覚で料理でも陶芸でも書でもなんでもこなしてしまう若女将「半田仙」(はんだせん)、通称「おせん」さんが主人公の漫画です。
物語の語り部として、一升庵に修行に来ている「江崎ヨシ夫」、通称「グリコ」さんが、先ほど出てきた帳場の若者でもう一人の主人公というわけです。

この漫画のテーマは、ずばり「和」や「粋」といった、日本の伝統文化と言えます。下町の粋でいなせな文化や、伝統的な和食の話などが中心で、さらには器の話やそれらに伴う人情話などが出てくる漫画なのですね。

もちろん料亭が舞台であり、料理漫画であるわけで、出てくる料理がとても美味しそうなのです。料理はほとんどきくち正太先生が実際に食べたり作ったりして美味しいと思ったものが描かれているとのこと。一見、普通の作り方じゃないようなレシピで作られていても、これが本当に美味しそうであり、また実際に作った人がみんな口をそろえて美味しいと言うのです。


例えば、「おせん3巻」に出てきた親子丼のレシピはこんな感じです。

1.丼を煮立たせた鍋の中に入れて熱々にしておく
2.中火にかけた割り下に、うすくそぎ切りにした地鶏のもも肉を重ならないようにいれる
3.鶏が煮える間に丼をとりだし、炊きたての熱々のご飯を入れる
4.鶏の鍋に細切りにしたネギを入れる。このときの鶏は火が八分ぐらい通ったのが目安
5.溶き卵は黄身と白身をさっと切り裂く感じにして、鶏の鍋に回し入れる
6.この鶏をすぐに丼の上に入れる。当然卵は全然火が通っていません
7.蓋をして風呂敷で包み待つこと30分でできあがり

どうです? ちょっと、普通の親子丼とは違いますよね。でもこれができあがると、具や黄身の上に白身がまるでガラスが覆っているような綺麗な親子丼ができあがり、これがとても美味しいのです。ちなみにこの親子丼は多くの料理再現ブログなんかでも取り上げられているメニューとなっています。


さて、この「おせん」ですが、一度連載を中断しています。2008年にドラマになったのですが、そのドラマが原作とはだいぶ違った話になってしまったのですね。なので作者がドラマを見た際に「原作とのあまりの相違にショックを受けたために創作活動を行えない」と言って連載を中断してしまったのです。

ここでドラマの善し悪しは言いませんが、そういう経緯があって人間不信に陥っていたきくち先生が、奥さんのアドバイスによって吹っ切れて連載を再開いたしました。そのときから「おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ」とタイトルを改めたというわけです。この辺の経緯は「おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ」の1巻のあとがきに収録されています。


だいぶ説明が長くなってしまいましたが、この「おせん」こそが塩麹ブームの火付け役なのです。初登場は「おせん3巻」に収録されている第十八話「おせん的、朝メシ自慢」の回になります。

色々と話は省略しますが、ある小料理屋に入ったおせんさんは、そこで出された漬け物のあまりの美味しさにびっくりします。その正体は「塩麹」に漬けた麹漬けだったのです。というわけで、そのお店の女の子「ハルちゃん」に作り方を教わり、塩麹のおすそわけをいただいて、以後「おせん」の物語の中にちょくちょく塩麹と「ハルちゃん」が出てくるようになるのです。

この3巻が発売されたのが2001年の12月です。
そう聞くと、2011年ぐらいからの大々的なブームとはちょっと遠い気がしますが、この「おせん」で紹介されてから、他の作品でも紹介されたり、料理漫画の再現ブログなどでも取り上げられたりして広まっていきました。また、ドラマでもレシピが紹介されたのが大きいと言えるでしょう。

そんな塩麹ですが、実は、「おせん」で紹介されたものと、現在ブームになっている塩麹はかなり違ったりします。そのことを詳しく解説しているのが、最新巻「おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ6巻」なのです。

現在の塩麹ブームのレシピは、主に大分県の糀屋本店からきているレシピでしょう。そのレシピは「麹200g、塩60g、水250cc」で作るというものです。これが、違うというのですね。

実は「おせん」で紹介されている塩糀は「麹1升、塩3合」が正しい分量です。あれ、1升は10合だから、麹と塩の分量は10対3で、前のと同じじゃないの? と思うかもしれません。でもここで言っている1升や3合は「量」の話です。つまり、重さではないのですね。

これを重さで言うと、麹と塩の比率は10対6になります。つまり、200gの麹に対して適切な量は塩120gになるというわけです。いつの間にか「量」の話が「重さ」にすり替わってしまったのでしょう。

塩分濃度が違うとどういうことになるのでしょうか。「おせん版塩糀」は常温で1年でも2年でももちます。それどころか3年、4年と常温で置いておいても痛まないどころかどんどん熟成が進んでまろやかになっていくのです。

一方の、いまブームになっている塩麹は冷蔵庫で半年しか持ちません。もちろん、1年や2年なんてもたないのですね。

いま世間で流行っている塩麹は、言うなれば「魔法の麹」です。甘酒っぽい甘味と若さが前に出ている、麹を食べさせるものと言えるでしょう。一方の「おせん版」塩糀は「魔法の塩」です。塩なので保存は利くし、塩漬けにしたら漬けた物も保存食になるし、さらに普通の塩と違って漬けた物に麹の旨味を移していくのですね。

この「おせん版」塩糀は、きくち先生のご実家の秋田県南部に伝わっているものです。おそらく、こちらの方が古くからあり、また理にかなっていると言えるでしょう。

ちなみに、「おせん版」の塩麹は、初出の「おせん3巻」時点では「塩麹」表記、最新刊の「おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ6巻」では「塩糀」表記になっています。もとは「麹」という文字が中国から伝わってきたので、「麹」表記で問題はありません。ですが、米は日本人にとってとても大切なもの。さらに、その米に麹菌がついているさまが、まるで米に花が咲いているようだということで米の花と書いて「糀」という漢字が生まれました。どちらを使ってもかまわないのですが、一応本記事ではなるべく後期おせん版塩糀には「糀」の字を入れています。

ここまで読んで、真の塩糀が気になったあなた。是非「おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ6巻」を読んでください。塩糀についての詳しい話や、塩糀のレシピ、そして塩糀を使った料理のレシピなどが載っています。真の塩糀について、学びましょう!

塩糀のお話を読んで、登場人物の人間関係が気になった方は「おせん3巻」「おせん4巻」がオススメです。塩糀の話に出てくる主要人物の人間関係は、この2冊を読めばとりあえずカバーできます。
(杉村 啓)