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山田うどんにサブカルチャーの真髄を見た『愛の山田うどん』

2012年12月11日 11時00分

ライター情報:杉江松恋

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『愛の山田うどん 「廻ってくれ、俺の頭上で!!」』北尾トロ、えのきどいちろう/河出書房新社

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ーー僕は山田うどんは本邦初、和のアイテムだけ使ってダイナーを実現したのだと思っている。

えのきどいちろうにそう断言されて、あ、と思った。
えのきど・北尾トロ『愛の山田うどん 「廻ってくれ、俺の頭上で!!」』所収の「山田うどんロードサイド論」の一文である。
あ、と思っただけじゃなくて、やられた、とくやしくもなった。たかがうどんのことで大のおとながくやしがることはないんだけどさ。それは私が言いたかったな。

『愛の山田うどん』という本について簡単に説明しておきたい。
これはライターの北尾トロが編集長を務める季刊誌「レポ」発で生まれた、史上初の「山田うどん」オンリー本である。北尾とえのきどは毎週火曜日に「レポTV」というネット放送の番組を行っている。その中で2人に共通の山田うどん体験があることが判明したことが発端だった。10代後半の貧乏だけど時間だけは売るほどあったころ、2人は山田うどんに遭遇した。味は普通だが、安くて量が豊富な山田うどん。若者の食欲を満たすには最適の場所だ。当然の如く定期的に通うことになったが、何しろ提供されるのはごくごく普通のうどんである。過度な思い入れを抱くこともないから、環境が変われば足も遠のくのも当然だ。
そうして数十年が経過した後、2人は偶然にも同時に山田うどんを再発見してしまったのである。おっとっと、罪だぜ山田うどん。事の成り行きとして「山田うどんとはなんぞや」という命題に取り組むことになり、周囲を巻き込んで1冊の本をまとめてしまったというわけだ。このライターの「形にしてしまう強さ」のことは最後に書く。

「山田うどん」チェーンを経営する法人は、正式名称を山田食品産業株式会社という。以降、本書の記述を参考に会社の沿革を紹介しよう。
1935年に創業者の山田量輔が埼玉県所沢市日吉町に手打ちうどん専門店を開いたのが、そもそもの始まりだ。1964年に所沢市上安松に本社を移転、1966年には欧米のドライブイン方式を採用した専門食堂を本社前でオープンした。早くからアメリカのフランチャイズチェーン方式に目をつけ、1968年には後に4代目社長となる山田裕通を渡米研究させている。海外進出も意外なほど早く、1975年にはニューヨークのマンハッタンにラーメン店「TARO」を開店している(現在は閉店)。このときに裕通はアメリカのフリーウェイを視察し、ケンタッキーフライドチキンの廻る看板の存在を知った。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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