ついに開幕した日本プロ野球2013。
巨人の連覇なるか、二刀流・ルーキー大谷は成功するのか、WBC組のモチベーションは?etc…などなど見どころ満載のプロ野球。
先月行われたWBC中継の視聴率も、日本開催の2次ラウンド3試合すべてが30%超えを記録するなど、野球人気が健在であることを痛感させられる……なんて記事があったらちょっと疑ってみた方がいいです。

今年、日本テレビの巨人戦・地上波中継は昨年より1試合少ない計22試合(ナイター7試合・デーゲーム15試合)。ナイター7試合って……。
1試合平均の観客動員数を見ても、セ・リーグは2009年の2万9380人をピークに3年連続で減少。パ・リーグも2010年の2万2762人から2年連続の減少。震災年だった2011年よりも減ってしまった、ということが「プロ野球人気のかげり」が深刻であることを物語っている。

また、球団経営で見ても黒字なのは巨人、阪神、広島だけで他の9球団は赤字。親会社などから広告宣伝費などの名目で補填を受けている。プロ野球を統括する日本野球機構(NPB)も4年連続で赤字決算だ。

《今、日本プロ野球界は何が問題なのでしょう。結論からいうと、ビジネス界(特に日本のビジネス界)でも頻繁に直面する問題ですが、「既得権益者による現状維持のこだわり」「変化への産業全体の抵抗」「事情が異なるという理由づけ」による先駆者の知恵の否定」などが挙げられます》

日本プロ野球が抱える問題は、日本の産業界が抱える問題と同義である、と説くのは並木裕太著『日本プロ野球改造論』。北海道日本ハムファイターズ、東北楽天ゴールデンイーグルスのアドバイザーも務める経営コンサルタントが、日本球界に改革を迫る一冊だ。



【メジャーと日本、収益格差は約4倍】
本書では、メジャーリーグ(MLB)の経営内容や改革の経過、市場規模などと比較しながら、日本のプロ野球界(主にNPB)がいかに「ビジネス」として問題点を抱えているかを列挙していく。

例えば、MLBとNPBの総収益の違い。
約15年前の1995年。NPBの総収益が1400億円だったのに対し、MLBのそれは日本よりも下回っていた。しかし、15年たった2010年で比較すると、日本がほぼ横ばいであるのに対し、MLBの総収益は約5500億円(66億ドル)と、4倍もの額に増えているのだ(※1ドル80円で換算した場合)。
1995年といえば、野茂英雄が日本を飛び出し、MLBへ挑戦した年。
MLBはこの前年から続いていたストライキの影響などで人気低迷が叫ばれていたのだが、NOMOフィーバーを巧みに利用し、また、以降様々な改革(チーム数の増加・移転、交流戦・ワイルドカード枠の創設など)を立て続けに実行することで人気を回復。その経営努力の結果が4倍もの市場価値を作り上げたということになる。

一方の日本。野茂の流出を指をくわえて見ていただけで改革も何もぜす、その後スター選手が次々と渡米。挙げ句、近鉄・オリックスの合併騒動で1リーグ化への動きが起こり、史上初のストライキに発展したことなどは皆さんご存知の通り。まさにNOMO以前・以後で日米の野球人気・野球ビジネスの明と暗が見事に入れ替わったことがよくわかる。



【「リーグビジネス」か「チームビジネス」か】
その原因の根本にあるのが、「リーグビジネス」を前提とするMLBに対し、「チームビジネス」にこだわるNPBという図式にあることを本書では指摘する。
「リーグビジネス」であるからこそMLB30球団で同じ施策を実施し、問題点の共有や経費の節約ができるMLBに対し、12球団それぞれが「チームビジネス」を展開することで横の連携が取れず、相乗効果を生み出せていないのがNPBだという。
また、「リーグビジネス」だからこそ戦力均衡を目指すMLBと、「チームビジネス」を優先するからドラフト改革などが進まず、自分のチームさえ強くなればいいというNPB、という図式ともからんでくる。

近年、日本のプロ野球でも、「パ・リーグ」においてはこの現状に危機感を憶え、昨年から「パ・リーグTV」を開設して初年度から4億円近い売上げを記録。また、日本ハム以外のパ・リーグ5球団は独自にスタジアムの運営を行って「スタジアムビジネス」を展開するなど、MLBに倣って「リーグビジネス」としての新機軸を打ち出している。一方のセ・リーグ、例えば人気球団の巨人にしても、東京ドームに掲出されている広告費は一切「巨人軍」には入らず、東京ドームの収益にしかなっていない現状を列挙。
これらをもって「放映権のセ、スタジアムのパ」「巨人頼みのセ、危機感のパ」と評しているのが非常に示唆に富む。


【奮闘する現場、傍観するトップ】
著者はこれらの問題点を列挙するだけでなく、実際にオーナー会議の場においても「日米野球界の経営事情」についてプレゼンテーションを行っている。
・15年間で収益格差が4倍に開いたこと
・MLBでは、リーグビジネスという手法で各球団が共存共栄を果たしていること。
・ITを駆使して新しいビジネスの種を育てていること
こうした問題点と改革テーマをプレゼンしても、その会議に参加したオーナーのほとんどが冷めた反応で、コミッショナーからも何の質問もコメントもなかったという。

《オーナーの方々は、「今も日本のプロ野球人気は盤石だ。新聞に書くニュースも毎日ある。
球場に足を運ぶ鉄道の乗客もたくさんいる」ぐらいに考えているのでしょう。親会社にぶら下がっているから、本気で改革を考えないのです》

しかし、トップの意識が甘い一方で、現場で働く人間は危機感を覚え、MLBに倣って改革に着手し始めているのがせめてもの光明だ。
本書では、北海道日本ハム、横浜DeNA、東北楽天という、近年球団改革に乗り出し、着実に芽が出てきた3球団の現場担当者にインタビューし、現状の取り組みや課題・問題点を聞き出している。それらの話から浮かび上がってくるのが、あえて自ら競合を作り、ビジネス規模を拡大していくMLBに対し、これまでの日本球界では「競合が何か」ということすらも自覚できず、さらには「プロ野球全体としての利益をどう考えるか」という視点もない点だ。
野球の競合、と聞くとすぐにサッカーや相撲など他のスポーツに目が行きがちだが、「エンターテイメント」という括りで見れば、映画やテレビ、音楽などももちろん競合になってくると指摘する。

《たとえばディズニーランドの1デーパスポートは6000円くらいですよね。それに対してプロ野球のSS席5000円というのは時間に換算したらどうなのでしょう。映画が2時間で1800円なら、1時間あたり1500円くらいが妥当なのでは、といったことも最近よく考えますよね》
これは昨年プロ野球に参入した横浜DeNAのマーケティング室長の言葉。また東北楽天にしても「プロ野球経営にかかわってみて、ビジネスとして参考になるのがAKB」と語るなど、他分野から参入してきた人間や組織が新しい視点を持ち出さなければ、日本球界は変わらない、ということを暗に示してもいる。

本書では他にも、五輪ビジネスと野球ビジネスの比較、韓国野球の人気復活から見えてくる日本×韓国産業界の勢いの差、WBCの収益構造など、「野球とビジネス」というテーマで多方面から考察・検証されていく。
プロ野球が開幕した今だからこそ、「球春」という言葉に浮かれず、野球界の問題点に目を向けてみる絶好の機会であるハズだ。『日本プロ野球改造論』はそのため最適な一冊である。
(オグマナオト)