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「ニュー・シネマ・パラダイス」監督が書いた『鑑定士と顔のない依頼人』は三次元嫌いの恋愛小説

2013年11月27日 11時00分 ライター情報:千野帽子

『鑑定士と顔のない依頼人』ジュゼッペ・トルナトーレ著 柱本元彦訳/人文書院

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ジュゼッペ・トルナトーレは『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)の脚本家で監督だ。
『みんな元気』(1990。舞城王太郎の『みんな元気。』[新潮文庫・Kindle版]はここから取ったのかな?)は、最後のほうちょっと泣けて、いっしょに行った人に恥ずかしかったなー。

そのトルナトーレが『鑑定士と顔のない依頼人』(柱本元彦訳、人文書院)という小説を書いた。
『鑑定士と顔のない依頼人』というのは、監督の映画のほうの最新作の日本語題だ。こういうのって配給会社が決めるんだよね?
登場人物は全員英語話者なので、映画は英語。イタリア語題も英語題も訳すと「最良のオファー」。イタリア語で書かれた小説版の原題もそう。

1冊の本として刊行されてはいるけれど、短篇小説だ。短篇のくせに、生意気に作者の序文がついている。
この序文によると、脚本家でもあり監督でもあるトルナトーレは、着想がかなり固まってからでないと、プロデューサーに話を持っていかない(売り込みを始めない)そうだ。
トルナトーレのネタ帳のなかに、監督デビュー当時から──つまり四半世紀以上にわたって──別個に存在していたふたりの人物がいた。家に閉じこもっている若い娘と、気むずかしい美術品競売人。

キャラは立っているのだけれど、うまくストーリーで動かせないふたりの人物が、あるとき彼のなかで結合したのだという。
中途半端なメロディのようだったふたつの未完成ストーリーを、対位法のように重ね合わせてみたら、あらびっくり、

〈まるで奇跡のように、わたしが長年追い求めてきた物語を奏ではじめた〉

というのだ。そんなこともあるのか。
興奮した監督は、べつに出版する気もなく、ただ、忘れないうちにきっちりと物語を定着させたいというだけの気持ちで、物語の形式で書いた。

その後この書きものを人に見せることは(たぶん)なく、プロデューサーを説得するための企画書を書き、企画が通ってクランクイン、クランクアップ、編集、といつもの制作が続く。
そのあと、ある出版社が、この映画の脚本をノヴェライズしてみないかと監督に打診、監督はとまどった。そして言った。じつは脚本より前に、散文の形で書いたものがあるのだと。

こうやって書かれたこの短篇小説は、小説というには少々簡素に過ぎ、むしろ近代小説以前の短いフィクション、たとえばチョーサーの『カンタベリ物語』(西脇順三郎訳、ちくま文庫、上下[Kindle版])やボッカッチョの『デカメロン』(柏熊達生訳、同前、全3巻 [Kindle版])、またバートン版『千夜一夜物語』(大場正史訳、同前、全11巻)のなかの1話、とでもいったような素っ気なさがある。

ライター情報

千野帽子

文筆家。著書『読まず嫌い。』(角川書店)『文藝ガーリッシュ』(河出書房新社)『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)など。公開句会「東京マッハ」司会。

URL:Twitter:@chinoboshka

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