日本、インド、中国、インドネシア、イスラエル、アラブ首長国連邦と、世界のヘヴィメタル事情を取材した『グローバル・メタル』(08年、カナダ)なんてドキュメンタリー映画があるように、メタルはいまやグローバルな音楽ジャンルの1つとして確固たる地位を築いている。
大陸を黒く染める『デスメタルアフリカ 暗黒大陸の暗黒音楽』これはヤバイ
世界過激音楽Vol.1『デスメタルアフリカ 暗黒大陸の暗黒音楽』(ハマザキカク著、パブリブ)

ゆえに、メタルバンドとそのファンは、世界中のあらゆる場所にいる。
しかし中には、メタルをまったくイメージさせない国もまたある。おそらくその代表格といっていいのがアフリカだろう。その理由を考えるに、「現代のブラックミュージック=ヒップホップ」というイメージが強いこと、それから黒人がメンバーにいるメタルバンドが圧倒的に少ないことなどが挙げられる。ぱっと思いつくところで、ベテランB級スラッシュメタルバンドHiraxとか、「黒いアイオミ」の異名を持つ黒人ギタリストを擁するドゥームメタルバンドIron Manとか、カルトなブラックメタルバンドBlasphemyとか……その程度である(知識不足)。

しかし、世界は広い。「アフリカにだってメタルバンドはいるぞ!」と高々に宣言する一冊のガイド本によって、その偏見を改めることとなった。


メタルのグローバル化を促したインターネット


『デスメタルアフリカ 暗黒大陸の暗黒音楽』は、文字通りアフリカのメタル事情についてまとめた本である。本書によれば、特に2000年代中盤以降、サブサハラ諸国の資源バブルに伴い、アフリカのメタルシーンも活気を帯び始めたという。

とはいえ、著者のハマザキカクによれば、アフリカのメタルをめぐる状況は、決して活況というわけではないようだ。

未だに欧米や他の地域に比べても、アフリカ出身のメタルバンドは少なく、一つもバンドが存在しない国の方が多い。またあまりにお粗末過ぎて、メタルとしてカウントしていいのか、微妙なバンドも多い。(中略)アフリカのメタルはまだ始まったばかりなのだ。

そんな状況ゆえか、バンドの来歴や現在などに関する情報も圧倒的に少ない。
著者は、取材に際してインターネットをフル活用したそうだ。

これは、前述の映画『グローバル・メタル』でも語られていたことだが、貧しかったり流通がなかったり、あるいは政治/宗教的な理由からメタルを聴くことの叶わなかった国々の若者たちを救ったのもインターネットだったことに通じる。そして、ネットの誕生は、言うまでもなく作り手にとっても大きな変化であった。

現在、先進国のバンド新作を発表する際、プロモーショナル(原文ママ)として、まずインターネットで配信するのが主流になってきている。インターネットさえ見られれば、どんな国からでも最新の音楽を聴く事が可能になった。

つまり、ネット環境さえあれば、ファンは世界中のメタルバンドの音源を聴くことができるようになった。
そして作り手であるバンドは、「YouTube」など動画サイトを通してその存在をアピールし、自身の作品を「Bandcamp」などを通じて世界中で販売できるようになったのである。さまざまなネット検索を試み、「Facebook」のメッセージで辛抱強くインタビューを行った末に完成した本書も、ある意味、絵『グローバル・メタル』で言うところの「メタルのグローバル化」という流れの上にあると言えるだろう。

また、従来の音楽ガイド本には、ヒストリー紹介やインタビューなどと共にディスクガイドーーすなわちCDやLPといった「盤」のレビューが掲載されるのが常であった。しかし、本書で紹介されるバンドたちの多くは、自身の作品をそうした形あるものとしては持っていなかったり、あるいはあっても日本では入手不可能なものが殆どだそうだ。ゆえに本書は、バンドのHPやSNSなど、楽曲を視聴することのできるサイトのURLを記載することでそこをカバーしている。こうした作りもユニークだが、これからはどんどん当たり前になっていくのかもしれない。


政治的な質問はNG?「その質問には答えられない(危険だから)」


さて、このへんで本書の読みどころをいくつか紹介してみたい。

まず、そもそもアフリカについては、一般的に知られていることが欧米諸国に対して圧倒的に少ない。そのため、メタルシーンについてのみ著述するのではなく、その地域の歴史や経済的な側面をも押さえることで、シーン形成の背景が見えてくる作りになっている。そのため、インタビューでも途中に政治的な事柄についての質問を挟む。これに対する答えもさまざまだが、

その質問については答えられない。自分の意見を主張するのに危険が伴う。(ジンバブウェのバンド「Dividing the Element」のメンバー談)

などと、回答を拒否するものが多かった。
ただ、中にはハッキリと主張をする人間もチラホラいて、「ウガンダはアミンとかオボテ、ムセベニなどの悪名高い大統領で有名だけど、彼らについてはどう思う?」という質問に、

(前略)アミンは野蛮な全体主義の代表例としてよく世界から言及される、オボデの方がもっとヤバイ。で、実はムセベニが一番最悪。あいつは解放者の様に登場しておいて、国のシステムの重要な根幹を全部破壊しておきながらも、民主主義のフリをしている。ウガンダで選挙やるのもバカバカしいんだよ。どうせ絶対あいつが当選するのは元々決まっているんだから。(ウガンダのバンド「Vale of Amonition」のメンバー談)

なんて答えが返ってくることも。
こうした発言などから、地域によっての政治的抑圧の程度がわかるのも面白い。

謎の脱力/前衛系からキレキレのデスコア、果てはネオナチ(?)ブラックメタルまで


『デスメタルアフリカ 暗黒大陸の暗黒音楽』の紹介文やインタビューは、バンドごとにそれそれ独立している。しかし、土地は広いがシーンとしてはあまり大きくないアフリカのメタルシーンゆえ、バンド同士が知り合いだったり、他バンドのヘルプをしていたりする例も見られる。

そのためか、インタビューをしているうちに、謎の存在だった他バンドの内実が判明したり、連絡が取れなかったバンドに取り次いでもらえることになったりと、"偶然”による展開も多い。全体を通して、そういったドキュメンタリー的な流れがゆるくあるのも本書の魅力だろう。

そして、肝心の音楽だが、著者をして「アフリカのメタルバンドで最もインパクトのあるバンド」と言わしめたモザンビークのScratchをはじめ、思わず脱力してしまうような演歌調のイナタイものから(ちょっと前に話題になったブラジルのテクノ演歌「嫁がゆるさへん」に通ずる中毒性があるような……)、単に下手なのか前衛的なのか、あるいはメタルなのかそうじゃないのかもよくわからないAfrican DoomhammerVale of Amonitionといった奇天烈なバンドまで実にさまざま。よって、タイトルに「デスメタル」とあるが、その内実は広義のメタルといったところである。

楽曲や演奏のクオリティもまちまちだが、総じて欧米などと比べると貧弱なものが多い。しかし、南アフリカのブラックメタルバンドDiabolus Incarnateや、同じく南アフリカのデスコアバンドVulvodyniaなどの音は、欧米のバンドと比べても遜色ないクオリティで驚いた。また、その思想はともかく、アンビエント系1人ブラックメタルバンドVolkmagの出す音もけっこう面白かった。

メタル不毛の地と思い込んでいた国に、こうしたバンドが存在していると知ることができただけでも本書の価値は大きい。

ちなみに『デスメタルアフリカ 暗黒大陸の暗黒音楽』は、「世界過激音楽」というシリーズの第1弾に当たり、今後、中東や南米、中央アジア、東南アジアなどの世界の辺境のメタルを紹介していくという。未知の音楽への案内役として、続刊にも大いに期待したい。
(辻本力)