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高座シーンをアニメーションで描く凄み「昭和元禄落語心中」

2016年2月1日 18時00分
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ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。今回はTVアニメ版が放送されている『昭和元禄落語心中』について語り合います。

そこに人がいるわけではないアニメで再現



飯田 雲田はるこ『昭和元禄落語心中』は、刑務所帰りの元ヤクザの与太郎が、昭和最後の大名人である落語家・八雲に押しかけて弟子入り。そこには八雲のライバル助六の娘・小夏がいた……てな導入なんですが、実質主人公は師匠の八雲のほうですね。師匠の回想が長い長い。

藤田 多少ネタバレしてしまいますが、師匠である八雲と、ライバルの助六の過去に、話が飛ぶんですよね。

飯田 タイトルが「昭和元禄」(ほぼ昭和40年代)の心中の話なので、そりゃそうなんだけども。現代に時代が近い与太郎の話よりも、昭和の名人である八雲のほうがメイン。

藤田 ぼくは2016年1月から放映されているTVアニメ版しか観ていないし、落語についての知識は皆無に近いのですが、非常に面白く観ています。まず、舞台の緊張感が尋常ではない。うまい噺と下手な噺を演技で分ける声優さんたちの力量も凄いし、絵のつなぎ方などの視覚的な表現も野心的。落語の「中」で喋っている「人物」を描き分けるときに、同じ方向からのカメラで、(喋っている)「キャラ」の位置が移動する、とか、なかなかやらない繋ぎに驚きました。
 録音とかミキシングとかのレベルでも、色々と工夫していますよね、多分。声が空間に響くだけではなくて、左右に音自体を振ったりとかしていなかったかな、噺のシーンでは。そういう工夫で、落語の舞台をかなり長く「アニメで描く」っていう難易度の高い課題が成功していた。それに、本当にびっくりした

飯田 もちろんプロと比較したらしょせん素人落語という意見はもっともですが、声優さんがやるとまた別の味がある。

藤田 本物の落語は、熟練の喋り方であり、そこにいる人がちゃんと動くことによって「芸」になっていたわけではないですか。その「凄味」をアニメの中で再現できないと、アニメの説得力はなくなる。しかし、実際にそこに人がいるわけではないアニメで、人工的に再現出来てしまっている。そこが、驚いた。

飯田 2015年末に放映された立川談春『赤めだか』のTVドラマ版では高座のシーンはほぼやらなかったことを思うと、一層『落語心中』のチャレンジっぷりが際だつ。

藤田 舞台に上がって緊張していたり、観客があくびしていたり、滑っているのを観ているとき、ぼくも緊張して手に汗握ったw 舞台の「外」に物語を設定したりすることで、なんとか舞台を見れるようにするという工夫も重要ですね。
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