映画「るろうに剣心」が興行収入20億円を超え(9月10日時点)、ヒット街道ばく進中!
この作品は、幕末時代、人斬りを生業としていた主人公・緋村剣心が、明治という新時代になって一転、「不殺の誓い」を立て、何がなんでも人を殺さず生きていく、その姿を描いたものです。
原作「るろうに剣心−明治剣客浪漫譚−」はキング・オブ・少年漫画誌・集英社少年ジャンプで連載された人気漫画ですから高評価は当然でしょう、と思うなかれ。

漫画原作はファンの目が厳しいので、ともすれば攻撃の対象になってしまう諸刃の剣でございます。
浜の真砂は尽くるとも(時代劇意識してみました)「原作とイメージが〜〜」という「許す」「許せない」論争は尽きることがありません。

るろ剣ヒットのわけ0! 漫画原作映画を振り返る

漫画原作映画において、過去、大いに許された俳優といえば、「DEATH NOTE」のLを演じた松山ケンイチ、「花より男子」の道明寺司を演じた松本潤、花沢類を演じた小栗旬、「のだめカンタービレ」の千秋真一役の玉木宏などがいます。最近だと「テロマエロマエ」のローマ人・ルシウス役の阿部寛が絶賛ものでした。
俳優の皆さんが髪型や表情を繊細に繊細に漫画に近づけていく取り組みは、芸術の域です。
おっと、忘れちゃいけないのは「あしたのジョー」の丹下段平を演じた香川照之と、「20世紀少年」3部作で小泉響子を演じた木南晴夏。
この2人の場合、「許す」とかいうレベルではなく、「ソックリ過ぎる」という喜びと、「どこまでソックリ」という畏怖すら感じさせました。漫画の実写化作品の歴史に残るでしょう。

「るろうに剣心」の主人公・剣心に抜擢された俳優は佐藤健。映画のヒットはひとえに彼の「許され」度の高さです。
佐藤健はかつてバンド漫画「BECK」の主人公・コユキこと田中幸雄も好演しましたが、こちらは、原作で重要になる奇跡の歌声をあえて聞かせないという実験的な演出方法だったため、評価が分れてしまいました。
今回の作品は、ストレートに漫画の魅力の再現に努めています。


るろ剣ヒットのわけ1! 一見さんでもダイジョウブ!

この映画、原作漫画は全255話もある長いお話。漫画の実写化は、長い漫画を総集編化(プロモーションムービーと私は読んでいる)したものになりがちですが、「るろうに剣心」は原作のワンエピソードを描くことで、一応話が完結しているので(要するに警察ドラマの一話完結形式のようなもの)、誰でもストレスなく見ることができます。それって当たり前のようですが、なぜか続きをプンプン匂わしてくる、許されざる作品もあるんですよね(チクチク)。
映画では、明治の新時代、武士に代わって商人が力をつけていて、実業家・武田観柳はアヘンによって手に入れた巨万の富で世界征服をもくろみ、それを剣心が阻むという物語が展開します。シンプルな物語の分、アクションやキャラクターの描写に力が注げたわけです。

るろ剣ヒットのわけ2! アクションがすげえ

時代劇の魅力はやっぱりアクション。
さすがにそこを想像に任せるわけにはいきませんものね。
佐藤健は、身長170cmの小柄な身体ならではの軽やかさ、速度を生かして、縦横無尽に動き回っております。

佐藤は少林寺拳法、ブレイクダンス、器械体操などの経験者で、映画ではその要素をアクション監督の谷垣健治が採り入れて、アクロバッティブに仕上げました。壁を蹴る動きも決まります。
ブレイクダンス仕込みか、フットワークがいい。足首がしなやかなのだと思いますね。
軽やかだけど、ピシッと止めるとこ止める安定感もあるの。

剣心は「不殺の誓い」によって、逆刃刀というふつうとは逆に刃がついた刀を持っています。だから、人を斬らずに峰打ちするだけ。
人間をズサッ!と斬らない分、トリッキーな動きで、相手の攻撃から身を交わしつつ、相手を殺さず打つというメンタル面とフィジカル面、両方の凄さが表現されます。

るろ剣ヒットのわけ3! 漫画のイイとこどり!

実写版ならではのアクロバッティブなアクションは、実のところ漫画の快楽に近いです。それが実写版「るろ剣」の(原作と比べて)「許す」度を大いに上げています。

当たり前すぎますが、漫画は絵です。
だから、いくらでも自由に、かっこいい絵が描けちゃいます。ページをめくると、ザッ、コオオオオ、ドッ、ドン、ドガッ(剣心アクションの描き文字は斬る音じゃなく打つ音なんですよね)という迫力の書き文字、千の矢立てのような集中線などに彩られた決め絵のオンパレードです。
それが、実写になると、決め絵と決め絵の間、つまりコマとコマの間の白いとこ、そこをリアルに埋めようとするあまり、漫画ならではの「決め」の快感が薄まってしまうことがあるんですね。
だってだって、日本の漫画の良さは省略の美なんですもの!(主張)

省略の美を損なうことが映画「るろうに剣心」はなくて、漫画のコマの様式美をワンカットに再現されている気がしました。
そのせいで、商業演劇みたいな、いきなり展開もいくつかありますが、剣心VS斎藤一(江口洋介)、剣心VS外印(綾野剛)、剣心VS鵜堂刃衛(吉川晃司)などなど、どれも心騒がせる名場面だらけですよ〜。

個人的には、綾野外印の大陸系のような重みのあるアクションと健・剣心の敏捷性の対比がスリリングでした。
基本的に、大柄な猛獣に挑む小動物的な図式になっているようですね。それによって、剣心の忍耐がますます際立ちます。
一度だけ、小動物対小動物対決があります。剣心が人斬り時代の回想シーンに出てくる清里明良役・窪田正孝との場面です。これはデリケートな感情対決です。

るろ剣ヒットのわけ4! リアルなとこリアルに!

監督の大友啓史(大河ドラマ「龍馬伝」や金融ドラマ「ハゲタカ」で注目された)はリアリティにも心を配ったそうです。
先日、池袋コミュニティーカレッジで行われた公開講座「大友啓史の役者論」で、剣心の逆刃刀は納刀の仕方も違う。通常のやり方をしたら手を斬ってしまう。剣心は常にそういう状況に身を置いているということを意識していた、と語っていました。
映画を見ていて、お!と思ったのは、ヒロイン神谷薫(武井咲)の剣術道場に入る時、ちゃんと一礼すること。神聖なものなのだということがわかりました。
ほかにも、前述の香川照之が、「るろ剣」にも剣心を追いつめていく悪役・武田観柳役で出演していて、「もお許して〜堪忍して〜」と懇願したいほどの濃過ぎる扮装と演技なのですが、これはあくまで士農工商の身分制度がひっくり返った状態にいる人物(商人だった)の強烈なエネルギーの現れなのだ、と監督は講座で説明(釈明?)。なるほど〜と会場を納得させていました。

るろ剣ヒットのわけ5! 佐藤健は眼で殺す!

剣心の表情もいい。
剣では殺さないけど眼で殺す。
これこそ時代劇の二枚目の条件でしょう。
もともと佐藤健は目が大きいので、感情表現を目に託しやすいです。
剣心は幕末時代、人斬りを生業としていたくらいですから、剣を抜くと人が変わってしまいます。佐藤健はそのほの暗さを前髪からちらとのぞいた瞳に宿します。
あの瞳を見ちゃうと、女も男も、その中を深くのぞきこみたくなっちゃいますよ〜。溺れちゃってもいいのって感じです。
この瞳でたいていのことを「許され」ちゃってきたんだろうなあ、いいなあ、と勝手に想像。
その一方で、ふだんの剣心は「おろ」「おろろ」とか言ってポヤンとしていて、笑顔がキラキラとチャーミング。そのポヤンとしたところと純粋キラキラなところが佐藤健は難なく演じていました。どっちかってゆーと「おろ」のほうが素ですか?というふうに。

るろ剣ヒットのわけ6! これはゆとり世代論である!

「おろ」のほうが素なのか?と思わせる佐藤健は、89年生まれの、いわゆる「ゆとり世代」というところです。
ベストセラーの若者論「絶望の国の幸福な若者たち」で佐藤健は、著者である気鋭の社会学者・古市憲寿と同世代対談(古市は85年生まれ)をしています。
すごいぜ、佐藤健。
この対談の中で佐藤は、大河ドラマ「龍馬伝」で人斬り以蔵を演じたが「幕末時代に生まれたくない」と発言しています。熱い人だったら「幕末時代に生まれて革命に身を投じたい!」とか言ってしまいそうですが、佐藤健はそうではありません。
彼の発言は、環境の流れと自分の気持ちに上手に折り合いをつけて生きている印象です。好きなダンスをやったり興味をもった演技の仕事をしたりしているけれど、ものすごい熱く道を邁進しているふうでもなく。
この対談で今の日本で生きている人たちのことを考えるようになったのか、SWITCH vol.30のインタビューでは「アンケートとかやる時は会社員にマルつけますからね。だって会社からお給料もらってるわけだから」と、哀愁の苦労人みたいな答えをしていて、成り上がり・矢沢永吉を代表とする「芸能人=上昇志向」みたいな昔ながらの印象を大きく覆します。

どう考えてもいいとこだらけの佐藤健なのに、熱い演技論や前向きなビジョンを語ることはないし、かといって良い男だけどダメダメという極端なギャップを見せるわけでもありません。スーパークールでもない。
ほんのちょっと謙虚なだけ。その目ヂカラ、ちょっと抑えめなだけ。ちょっとだけ節電してるくらいに。
だから有名人を叩きたい衝動がどうにも発動しない。彼ならなんだか許せてしまう。

上昇志向が過ぎると、生き残るためにあらゆるものを蹴散らしてサバイブするの幕末の人斬りという生き方に行き着いてしまいますが、明治という新時代は「不殺」の生き方に。
これが、現代、「ゆとり」と呼ばれ、あんまりいいことのない世の中でも絶望はしないで生きてる優しい世代の人たちと、ちょっと重なります。
「おろ」ってポヤンとしてる人も、その心のうちに何か違うものを秘めているかもしれませんが、何はともあれ、「おろ」と「不殺の誓い」と「逆刃刀」に、現代を生きるヒントがあります。

「るろうに剣心」実写化が多くの観客に「許され」たわけは、佐藤健の剣心が誰も殺さず、「許して」いるから。
剣心の頬の十字傷は十字架を背負ったようなもの。人を殺して生きて来た贖罪の旅を続ける剣心の映画を見ていると、なんかもお、演じてる佐藤健の背中に天使の羽が見えてきちゃうんです。いろいろ重荷を抱えて大変ね、でもダイジョウブだよ、剣心[ハート]ってな感じで。
これなら、続編あっても、許しちゃおっかなあ〜(何様目線?)。
(木俣冬)