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賛否両論、Facebookの「ともだち」広告。ともだち地獄はどこから始まったのか

2014年11月7日 10時50分 ライター情報:青柳美帆子
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Facebookの「ともだち」広告が賛否両論を呼んでいる。CMや看板で連呼される「ともだち」。「ともだちがいなければ人ではない!」といった風潮は、いったいいつ、どこから生まれたのだろう? 土井隆義『つながりを煽られる子どもたち』から考えてみた。

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電車を待っていたら、こんな看板が目に入った。
「ともだち/いちばん大切なことは/ともだちでいること/それは 誓い よろこび/だから ともだちでいよう(中略)びっくりさせたい/いっしょにいたい/なんでもシェアしたい/ともだちもあなたと/同じことをしたいはず/ただ そこにいるだけでいい/ともだち/あなたは 誰かのともだち」
Facebookの広告だ。
「あなたは 誰かのともだち」というCMも放送されている。意外なことにFacebookはこれまでTVCMを出したことがなく、これが第1弾なのだとか。第2弾の「Faces」もオンエアされているが、これも「ともだち」を前面に押し出している。

この広告に対して、ネットではネガティブな評価の声が大きい。「ともだち」を連呼するのがしつこく感じたり、一緒の行動を強要されることに違和感を覚えたり、「ともだちなんていないよ!」と嘆いたり……その一方で「感動した!」という意見も見かける。
ネット上では、こうした構図を「ぼっち」対「リア充」としやすい(ちなみに補足しておくと、「ぼっち」はひとりぼっちで友達がいないの意、「リア充」はリアルが充実している人で友達がいっぱいいるという意味で使われることが多い)。

Facebookの広告が「ともだち」を強調するのは、Facebookが「ともだちと交流する」サービスであることを示したいからだ。CMは、まだFacebookを始めておらず(もしくは、始めているけどしばらくアクセスしていない)、ともだちとつながっていたいユーザーに向けて作られている。
Facebookの価値観は「ともだちは大事」。あの広告に違和感を覚えない人の価値観も「ともだちは大事」。そして、あの広告に「どうせぼっちだよ!」と反発する人の価値観も「ともだちは大事(なのに、いない自分はダメ)」だ。

この価値観は、2000年に入ってから加速しているのだという。土井隆義の『つながりを煽られる子どもたち』から引用したい。土井はこの傾向は「新自由主義」をはじめとする価値観の多様化に原因があると指摘している。

〈以前のように社会のパイがまだ拡大していると感じられるとき、新自由主義的な施策によって社会の流動化が進むと、人は新しいチャンスを求めて外へ打って出ようとします。(中略)しかし、すでに社会のパイは膨らんでおらず、むしろ萎みつつあると感じられるときに社会の流動化が進むと、人は現在の生活をなんとか死守しようと防御の姿勢に転じます。
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ライター情報

青柳美帆子

フリーライター。1990年(平成2年)生まれ。オタクカルチャー・イベントレポ・明るいエロス・少女革命ウテナなどを中心に執筆しています。

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