世代を超えて名作アニメーションを生みだし続けている「世界のサトジュン」こと佐藤順一監督。水の惑星アクアの観光都市ネオ・ヴェネツィアを舞台に、観光水先案内人「ウンディーネ」の少女たちの交流や成長を描く「ARIA」シリーズも代表作の1つ。
2008年の春、天野こずえの原作コミックとともに美しいフィナーレを迎えた後も、新作を望む声は途絶えることがなかった。
そして、アニメ化10周年の今年、新作「ARIA The AVVENIRE」が誕生。9月26日から劇場上映されている。
茅野「今も上手く気持ちを言い表せない」佐藤順一監督&茅野愛衣「ARIA The AVVENIRE」
原作の未アニメ化エピソードを元にした1話、2話と、天野こずえが描き下ろした新作漫画を元にした3話で構成される「ARIA The AVVENIRE」。Blu-rayBOX(全3巻)には1話ずつ収録

最終話以降の新たな物語も描かれる本作には、2人の新人ウンディーネが新キャラとして登場。行動力にあふれて自信家のあずさ・B・マクラーレン中原麻衣が、おっとり天然系のアーニャ・ドストエフスカヤ茅野愛衣が演じている。
2年前に掲載した佐藤監督と茅野の「たまゆら〜あぐれっしぶ〜」対談では、茅野が声優を志したたきっかけは「ARIA」だと語り、佐藤監督を驚かせた。
そして、「ARIA The AVVENIRE」のアフレコ直後、2人の対談が再び実現。前回以上に濃い「ARIA」トークが展開した。

──「ARIA」の新作が誕生することになった経緯を教えてください。
佐藤 以前から要望の多かった「ARIA」のBlu-rayBOX化が実現することになったとき、特典は何が良いかという話になったんです。最初は総集編という話もあったのですが、それではファンの方のテンションもあまり上がらないでしょうし、どうせ映像を作るのであれば、新作が作りたいと。でも、「ARIA」はあまりにもきれいに終わったので、その続きを作るのは難しいんですよね。

──たしかに、ファンの一人として続きは観たかったですが、原作もアニメも本当に綺麗に終わっているので、どんな話ができるのかは想像ができなかったです。
佐藤 そうなんですよ。以前、OVAとかの話があったときにも「無理です」と言っていたんです。だから、今回もネタが無ければ無理だろうと思っていたのですが、(製作会社の)松竹さんが天野先生に聞いたら「ネタはあります」と。
──すでにあったんですか!?
佐藤 天野先生も松竹さんに聞かれるまで忘れていたらしいんですけど、連載が終わってすぐに描いたネタがあったんですよ。それで、ネタがあるならやるしかないですねって流れになったんです。

茅野 すごいですね〜。
──最終回の直後に、新しいネタを作っていたというのがすごいですね。
佐藤 我々とは違う脳の回路があるんですかね。僕らは最終回が終わったら、フウって力が抜けて。続きを描こうだなんて思わないですけど。
──最終回の後、発表できるかどうかも分からない絵コンテをついつい描いてしまうとかは?
佐藤 ありえないですよ(笑)。
「終わった〜」って飲みに行っておしまいです。でも、天野先生はそこで描くんだと驚きました。
茅野 天野先生にとっては、何か日記的な感じなんですかね?
佐藤 どうなんでしょうね? どういうモチベーションか分からないですけど、そのネタ自体は、本編の中でやろうと思っていたけれど、出す機会がなかったみたいなお話なんですよね。だから、連載中にずっと熟成されていったものを、一通り終わったところで描いてみたってことかもしれないですね。
──茅野さんは、「ARIA」の新作が制作されることを知ったとき、どのようなお気持ちでしたか?
茅野 新作のことが発表されるより前に、まずは「ARIA」のBlu-rayBOXが出ることが嬉しくて。公式ホームページも見に行ったりして、楽しみだなって思ってました。
本当にただのファンだったので。(アリシア役の)大原さやかさんと同じ現場でお会いしたときにも、「Blu-rayBOXが出るんですね!」という話をして、2人で涙ぐみました(笑)。新作が作られると発表になったときには、大原さんから「たぶん、茅野ちゃんも出るんじゃない?」と言われたんです。でも、「とんでもないです! 私はBlu-rayが買えればそれで良いんです!」みたいな話をしていました。
──アリシアさんの謎の予言があったんですね。
佐藤 さすがですね。

茅野 その後、アーニャちゃん役で本当に出られることが決定して。台本をいただいた週に、また大原さんと同じ現場があったんです。その作品では、大原さんとすごく敵対している役柄だったのに、2人で「良かったね」って涙ぐんでました(笑)。とにかく、嬉しい涙がいっぱい流れて。今も上手く気持ちを言い表せないんです。
茅野「今も上手く気持ちを言い表せない」佐藤順一監督&茅野愛衣「ARIA The AVVENIRE」
佐藤順一(さとう・じゅんいち)/愛知県出身。1986年の「メイプルタウン物語」で監督(シリーズディレクター)デビュー。11月28日に上映される「たまゆら〜卒業写真〜第3部 憧-あこがれ-」を制作中

奇跡を引き起こしてるのは、茅野さんなんじゃないかって


──新キャラのアーニャとあずさのアイデアも、天野先生のネタの中にあったものなのでしょうか?
佐藤 天野先生のネタにはなかったものですね。まず、Blu-rayBOXが3巻あるので、それぞれに新作映像をつけることや、3つの話を合わせて劇場上映もしようということが決まっていったんですね。そこで、天野先生の新しいネタと、原作のアニメ化してなかった話を入れながら、3つのお話が1つのお話にもなるような構成をざっくりと考えたんです。「ARIA」は、水無灯里という女の子がアクアに来てから、ネオ・ヴェネツィアの街で出会ってきた素敵の話。今回の素敵を考えるとすれば、いろんなことがあったけれど、出会ってきた人も街もみんなその先に進んで行くし、きっとこの先もアクアは続いていくよという素敵だろうと思ったんです。
──なるほど、未来を感じさせる物語になっているわけですね。
佐藤 (TVシリーズ第3期の)「The ORIGINATION」のラストで、アイちゃんが「ARIAカンパニー」に入って灯里の後輩になった。そうすると、灯里が「姫屋」の藍華や「オレンジぷらねっと」のアリスと合同練習していたように、アイちゃんも同期の子と練習をするはず。そこは原作でもアニメでも、まだ描いてないところなので、やらないとダメだろうと思ったんです。そこで、天野先生に「姫屋」と「オレンジぷらねっと」に、アイちゃんの合同練習相手の新キャラが欲しいとお願いして、いくつかのパターンを描いていただきました。その中から、この2人(のデザイン)を選ばせていただいた形ですね。
──キャラクターの内面の設定は?
佐藤 内面にかんしては、脚本の(吉田)玲子さんと打ち合わせをしながら決めていきました。でも、シナリオの段階では、あんまりガチっとは決めていなくて。アバウトに「姫屋的な子」とか、「オレンジぷらねっと寄りの子」というニュアンスだけを決めていたくらい。最終的には、絵コンテを描きながら固めていった感じですね。
──茅野さんが「オレンジぷらねっと」の新人アーニャを演じることになった経緯も教えてください。
佐藤 新キャラクターを出すのであれば、茅野さんに出てもらおうとは思っていたんですよ。
茅野 そうなんですか!
佐藤 最初は、「姫屋」の子と「オレンジぷらねっと」の子と、どっちだろうと思っていたんですけど。色も含めてキャラクターデザインを固めていく中で、「オレンジぷらねっと」の子かなと。
──そして、「姫屋」の新人あずさは中原麻衣さんに決まったのですね。
茅野 麻衣さんと一緒というのも嬉しかったです。
佐藤 そうなんですか?
茅野 麻衣さんとも現場でご一緒する機会が多いので。実は、「ARIA」に出られることを大原さんと喜んだときの現場には、麻衣さんもいらっしゃって。帰り際には、「じゃあ、土曜日のアフレコよろしくね〜」みたいな感じでした。私は、それから眠れない日々を過ごしたんですけどね(笑)。
──監督の知らないところでも、そういう繋がりがあるんですね。
佐藤 不思議なものです。
茅野 しかも、アフレコで全員が揃って録れるって、すごいですよね。
佐藤 本当に。さすがに今回は、全員で録るのは無理だと思っていました。アフレコの直前までスケジュール的に「この人は無理です」という話もありましたしね。茅野さんも、直前までは、他のお仕事があって最初から最後まで一緒に録るのは難しいだろうという話だったんです。
──あらかじめ、出演者のスケジュールがキープされているTVシリーズとは、状況が違いますしね。
佐藤 それが、まさか全員が揃うとは。茅野さんも、終日いられることになりましたしね。
茅野 最初から最後までいられないかもしれないってことがすごく悔しくて。だって、自分のいないところは観れないってことじゃないですか! その時点で、ちょっとシュンとしていたんです。でも「しょうがない、しょうがない……」って思っていたら、終日オッケーになりましたという連絡が来て。
佐藤 こういう話を聞くと、もう奇跡を引き起こしてるのは、茅野さんなんじゃないかって思うわけですよ。
茅野 え〜(笑)。
茅野「今も上手く気持ちを言い表せない」佐藤順一監督&茅野愛衣「ARIA The AVVENIRE」
茅野愛衣(かやの・あい)/東京都出身。「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」の本間芽衣子(めんま)役で人気を集め、その後も「冴えない彼女の育てかた」(霞ヶ丘詩羽)など、数々の話題作に出演

「ARIA」を観ていると毒素がふわって抜けて浄化されていく


──先ほど、茅野さんは「眠れぬ日々を過ごした」と仰っていましたが。「ARIA」のアフレコに参加することには、特別な思いもありましたか?
茅野 自分にとって、声優を目指すきっかけになった作品のアフレコに参加できるってことが不思議で……。あまり実感も沸かず。台本をいただいたときも、「『ARIA』って、本当にあの『ARIA』だよね?」みたいな感じで、一瞬分からなくなるくらい。家でVチェック(リハーサル用ビデオを見ながら練習すること)をしていても、涙が流れてきて、全然Vチェックにならないっていう(笑)。鼻をずびずび言わせながら、チェックしていました。
佐藤 (アリア社長役の)西村ちなみさんからも、「台本が読み進められません。数日かかって、読みました」と連絡が来ましたね。
茅野 私もすごく時間がかかりました。ちょっとずつ観ないと、もったいない気もして。台本をいただいたときも、すぐに読みたかったんですけど、やっぱり家でゆっくり読もうって我慢したんです。家で読んで正解でした。外で読んでたら、私一人でずっと泣いてましたね。今日のアフレコでも抑えきれませんでしたし。
佐藤 今日はどのタイミングで泣きはじめたんですか? 1話のテストのときには、もう泣いてましたけど(笑)。
茅野 原作にもある(姫屋のウンディーネの)晃さんのシーンだったんですけど、見たら涙がドバーって。たぶん、私、泣き出したの早かったです。
佐藤 早かったですね。テストをはじめて、気づいたら泣いてて。「ええ?」って。
茅野 なんでしょうね。「ARIA」を観ていると、何かスイッチが入っちゃうんですよ……。きっと、デトックスですね!
佐藤 なるほど。
茅野 毒素がふわって抜ける感じ。「たまゆら」のときも同じで、「たまゆらスイッチ」みたいなものがあって。観ていると浄化されていくんですよね。
佐藤 元々、綺麗なのに何が浄化されるのかっていう。
──たしかに! 僕らが浄化されるのなら分かるんですけど。
佐藤 そうそう(笑)。
茅野 そんな(笑)。でも、そういう不思議なスイッチがあるんですよ。それは監督の作る作品に共通のスイッチなのかもしれないですね。
(丸本大輔)

(後編に続く)