『シン・ゴジラ』の名セリフ集、後半をお送りします。無条件にグッと来るセリフから、物語の読み解きの鍵になるセリフまで、個人的な観点からいくつかピックアップしてみました。
なお、この記事は完全にネタバレです。
(前編はコチラ)

だからこそ今は戻らない。祖母を不幸にした原爆を、この国に3度も落とす行為は、私の祖国にさせたくないから。
カヨコ・アン・パタースン 米国大統領特使

米国がゴジラに対して熱核攻撃を行うことを検討していると矢口に告げるカヨコ。カヨコにも即時退去命令が下されていた。しかし、カヨコは矢口たちに協力し、核攻撃から日本を救う決意をする。
これまで米国の利益を考えて行動していたカヨコが、日本のために行動するように変化したのはこのあたりが契機だろう。
余談だが、カヨコ役を演じた石原さとみは、ドキュメンタリー番組出演のために長崎の原爆ホームを訪れた際に知り合った被爆者と今でも個人的な交流を持ち続けているそうだ。
リピート上等「シン・ゴジラ」もっと名台詞について語らせてくれ、君らも好きにしろ
イラスト/小西りえこ

ゴジラより怖いのは、私たち人間ね。
尾頭ヒロミ 環境省自然環境局野生生物課長補佐(市川実日子)

ついに米国が主導する多国籍軍がゴジラに熱核攻撃を行うことを決定した。知らせを受けた巨災対のメンバーも一様に動揺するが、尾頭さんだけはクールに言い放つ。ゴジラを生んだのも人間なら、ゴジラを殺すために核兵器を使用するのも人間。
庵野秀明総監督は本作のゴジラの目をもっとも怖い「人間の目」にしたという。
なお、このセリフは1984年版『ゴジラ』の「その化物(ゴジラ)を作り出したのも人間だ。人間のほうがよっぽど化物だよ」という林田教授(夏木陽介)のセリフと対応している。

避難とは、住民に生活を根こそぎ捨てさせることだ。簡単に言わないでほしいなぁ。
里見祐介 内閣総理大臣臨時代理、農林水産大臣(平泉成)

ゴジラに熱核攻撃を行うということは、東京が無人の廃墟になるということに等しい。
360万人もの都民の避難を促される中、内閣総理大臣臨時代理となった里見はこう嘆く。この言葉で、より強く3.11のことを思い起こした観客は多いだろう。登場時は、いかにものらりくらりとして無能な雰囲気を漂わせていた里見だが(日本人的=農林水産大臣!)、こうした卓見を持つ人物であることが徐々にわかっていき、最後は思わぬ活躍を見せる。里見が深々と頭を下げる姿に胸打たれた人も多いはずだ。

多種多様ですな、人の世は。
早船 フリージャーナリスト(松尾スズキ)

牧元教授の謎を追うフリージャーナリストの早船が、内閣官房副長官秘書官の志村(高良健吾)にのんびりとした口調で語りかける。
この映画の中で西日本の情勢がわかるのは、早船の報告だけだ。ゴジラのせいで多数の犠牲者が出ていて、さらに核攻撃まで行われるのに、一方では金儲けをしている人たちもいる。そのことについて、怒りに燃えるのでもなく、悲嘆に暮れるのでもない、一歩引いた覚めた視線はジャーナリストという仕事ならではということなのだろう。

人間を信じましょう。
ドイツのスパコン施設の人(Inge M)

ゴジラの分子構造を解析するため、スパコンの貸与をお願いしたドイツの研究施設の女性の言葉。襲撃事件やテロに屈することなく、難民受け入れ政策を堅持すると発表したドイツらしい。
尾頭さんの「ゴジラより怖いのは、私たち人間ね」という言葉の後に聞くと、言葉のあたたかみにホッとして涙が出そうになる。
演じていた女性は、クレジットではInge Mとなっていたが、『マッサン』でエリーの母親を演じていたインゲ・ムラタと同一人物なんだそうだ。

牧元教授はこの事態を予測していた気がする。彼は荒ぶる神の力を解放させて、試したかったのかもしれない。人間を、この国を、日本人を。核兵器の使用も含めて、どうするのか「好きにしてみろ」と。

矢口蘭堂 内閣官房副長官(長谷川博己)

牧元教授の行動に関しては謎が多い。「私は好きにした。君らも好きにしろ」というメッセージも含めて、登場人物ならびに観客にさまざまなことを問いかけてくる。この言葉は、矢口なりの解釈だろう。私たちはこの世を「好きにする」ことができる。私たちが好きにした結果は、これから現れる。

礼はいりません。仕事ですから。
財前正夫 統合幕僚長(國村隼)

ゴジラの凍結を目指す「矢口プラン」運用に向けて、異様に手回し良くすべての準備を整えた自衛隊。思わず「ありがとうございます」と礼を言う矢口に、財前統合幕僚長はさらっと一言。これぞ、まさにプロフェッショナルの言葉。『ゴジラ FINAL WARS』で右往左往しながらワーワー叫んでいた俳優さんと同一人物とは思えない。

おう、幹事長なら任せとけ。
泉修一 保守第一党政調副会長(松尾諭)

指揮を執るために前線に赴く矢口を送り出すのは、親友の泉修一保守第一党政調副会長、通称・泉ちゃんだ。公開後は尾頭、安田と並んで人気キャラとなり、ファンによって選挙ポスターまで作られた。「出世は男の本懐」と臆面もなく言い、けっしてノートPCは開かないが、携帯一つで巨災対のメンバーを集めてしまう剛腕の持ち主でもある。「後は頼む(死んじゃうかも)」と言う矢口に対して「幹事長なら任せとけ」と応えるのは、「お前が総裁になれ(生きて帰ってこい)」という意味のメッセージだ。

我が国の最大の力は、この現場にある!
矢口蘭堂 内閣官房副長官(長谷川博己)

“現場力”こそ、高度経済成長を遂げ、国際競争で勝利してきた日本企業の最大の武器だ。ためしにAmazonで“現場力”という言葉で検索をかけると大量のビジネス書がヒットする。しかし、日本の現場力は国際競争の前に敗れ去った。ここでの矢口の言葉は、虚実を超えてボロボロになった日本のあらゆる現場を鼓舞するもののように聞こえる。

スクラップ&ビルドでこの国はのし上がってきた。今度も立ち直れる。
赤坂秀樹 内閣総理大臣補佐官・国家安全保障担当

大規模で絶望的な死と破壊の後、なんとかゴジラを倒してホッとしているところへ、こんなことを言われてしまったら涙ぐむしかないじゃないの……。ただし、この言葉は単純な「まだまだこの国はやれる」という朗らかな日本賛美ではないだろう。
この直前、赤坂は「せっかく崩壊した首都と政府だ。まともに機能する形に作り変える」と言っている。野心丸出しだし、ある意味では非情極まりない。「せっかく」とは何だ、死んだ人たちをどう思っているんだ、と。そう考えると「のし上がる」という言葉もイメージが悪い。まるで「焼け太り」のような感じだ。
庵野秀明総監督はパンフレットの序文で「ゴジラが存在する空想科学の世界は、夢や願望だけではなく現実のカリカチュア、風刺や鏡像でもある」と述べている。政府もろとも、ここまで徹底的に破壊されなきゃ、スクラップ&ビルドなんて不可能なんじゃないの? と皮肉めいた眼差しも感じられる。熱狂してうっとりすることも可能だが、うかつにうっとりしていると足元を掬われる一筋縄では行かない感じが『シン・ゴジラ』の魅力である。

だが、今は辞めるわけにはいかない。事態の収束にはまだ……ほど遠いからな。
矢口蘭堂 内閣官房副長官(長谷川博己)

巨災対を率いて「ヤシオリ作戦」を遂行し、ゴジラの凍結に成功した矢口の最後の言葉だ。3.11後の福島第一発電所のことを重ねる人もいれば、『シン・エヴァンゲリオン』制作に向かう庵野総監督の心情そのものだと解釈する人もいる。なるほど、そうなのかもしれない。
ただ、こうやって文字にしてみると、「事態の収束」にほど遠く、「今は辞めるわけにはいかない」と思っている人なんて、日本のそこら中にいるんじゃないかと思う。今抱えている仕事も、子育ても、トラブルも、事態の収束なんてなかなかしないものだし、「今は辞めるわけにはいかない」のだ。だから、ゴジラを一旦凍結したって一山越えただけで、高揚感なんてありゃしない。ホッと深いため息をつくだけだ。この後もゴールのないマラソンが続くんだよね、でもまあ、がんばろうじゃないの、というのが『シン・ゴジラ』の隠されたメッセージなんじゃないだろうか。

こうして並べてみると、『シン・ゴジラ』は働く人たちの話なんだなぁ、ということがよくわかる。「政治家や高級官僚、自衛隊の活躍ばかりが描かれて、現場の人々の仕事ぶりが描かれていない」という批判的な声もあるが、ゴジラVS自衛隊などのスペクタクルシーンの狭間に挿入されるこうしたセリフからチラッと見えてくるのは、まぎれもなく人々がそれぞれの仕事に向かう真摯な姿勢だ。

たしかに、もっと多様な仕事に携わった人たちの顔も描いてほしかったという思いもある。たとえば民間のプラントで凝固剤の製造に携わった人々。彼らが「そんなの無理ですよ!」とか「わかった、任せとけ!」とか言っている様が見たかった。ヤシオリ作戦の直前、「我が国の最大の力は、この現場にある!」と矢口はスピーチしたが、肝心な現場はほとんど映らなかった。ただ、そんなのは求めはじめたらキリがない。あとは観る側の想像で補うことにしよう。

もう一つ印象的だったのは、「仕事がデキる人はむやみに大声で叫んだり、やたらとキレたりしない」ということだ(矢口が一度キレるが、泉ちゃんに一瞬で制される。安田については仕方ない)。もし、あなたの職場に大声で威張り散らしながら仕事できるアピールする輩がいたとしても、そいつは間違いなく無能です。

この記事を読んだ人が、それぞれの好きな『シン・ゴジラ』のセリフや名場面をツイートしてもえらえたら嬉しいです。最後に名セリフをもう一つ。

私は好きにした。君らも好きにしろ。
牧悟郎 元城南大学統合生物学教授

私は好きに書きました。みなさんも好きに書いてください。
(大山くまお イラスト/小西りえこ)