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ボブ・ディランを胸に抱いて、井上陽水は「ノーベル賞」を歌った

2016年10月15日 10時00分 ライター情報:近藤正高
陽水は中学時代よりビートルズにあこがれ、ビートルズのようなかっこいい曲をつくろうと考え、そうしてきた。しかし、歌詞についてはどういうふうにすれば自分らしいものが書けるのか、まだその方法を完全につかんではいなかった。そこで陽水が参考にしたのがボブ・ディランだった。もちろんそれ以前から彼はディランを聴いてはいた。だがある日、シンガーソングライターの先輩である小室等の家に行ったとき、たまには真面目に聴いてみようと、歌詞カードを見ながら聴くことにしたのである。

このとき、陽水の心をとらえたのが、アルバム『Blonde on Blonde』(1966年)に収録された「Just Like a Woman(いかにも女らしく)」という曲だった。それを聴いて、陽水はほとんど一瞬のうちにすべてがわかったという。

原詩をそのまま書き写すとおそらく著作権的に差支えがあるだろうから、ここは片桐ユズルによる和訳を引用すると、それはこんな歌詞だった。

だれも苦しみを感じない
今夜こうして雨の中に立っていても
だれでもしっている
ベビーがあたらしい服をもらったことを
でもちかごろ そのリボンが
巻毛からおちてるじゃないの
いかにも女らしく取るじゃない、ほんとに
いかにも女らしく股をひろげるじゃないの、ほんとだよ
いかにも女らしく苦しむじゃないの
でも ちいさな女の子のようにもろいんだね

陽水はまず「だれも苦しみを感じない(Nobody feels any pain)」という、彼いわく《わけの分からないはいり方》にしびれたという。さらに最後の4行の歌詞に、《その終わり方がまたきまったなあという感じ》を抱いたと語っている(海老沢、前掲書。以下、断りのないかぎり引用はすべて同書による)。

そこで陽水が気づいたのは、「いかにも女らしく取るじゃない(She takes just like a woman)」にいたるまでの最初の6行は、何を言ってもいいんだということだった。

《とにかくそこまでの一行一行は、何かインパクトのある、Nobody feels any painとか何とかわけの分からないことをいっておけばよくて、むしろそこまでに意味のないことをいっておけばおくほど最後の四行が生きる。逆にいうと、あんまり最後の四行に関係のあることを前でいっちゃうと説明的になってつまらなくなっちゃう。それが分かって、そうか、こういうふうに書けばいいのかと思ったわけよ》

これにインスパイアされて陽水がつくったのが、アルバムの表題曲となる「氷の世界」だった。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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