就活生を悩ませる「コミュ力」の本当の意味 コピーライター山本高史さんインタビュー

オリンパス、三井住友海上、MS&AD、S&B、JR東日本の「Suica」などの広告を手掛け、企業戦略のコンサルティングにも携わるコピーライター山本高史さんは、関西大学社会学部教授でもある。ゼミ生の就職活動も一段落したところで、彼らと企業とを取り巻くコミュニケーションに懸念があるという。


就職活動をする学生と、それに向き合う企業。一種の通過儀礼ともいえる就職活動だが、その学生と受け入れる社会との関係性が昔と比べて大きく変わったようだと、山本さんは静かな口調で語る。

「パワハラ」「セクハラ」「ブラック」や「3年で3割やめる新卒社員」など企業と社員を巡ってあまりハッピーではない情報が行き交う就職状況において、実際に大学で指導していることを山本さんは話してくれた。

学生と真正面から向き合おうとしない社会。


「私はここ数年大学のゼミで、学生たちが毎年就職活動に苦闘しているのを見ています。

それはコミュニケーション経験の不足など学生の側の問題でもあるのですが、ただ、社会の受け入れ方には看過できないものがあると思っています。
就職とは、企業が、つまりその総体として社会が若者を受け入れるということです。しかし今は、『お祈りメール』が『サイレントお祈り』に『進化』したように、本来、次の世代をしっかりと受け止めなければならない社会が、学生と向き合うことから逃げているように見えます。冷酷さすら感じます。昔はよかったは言わない約束ですが、かつての『サラリーマンという仕事はありません。』というコピーが示した年長者が若者にアドバイスをし次の時代を託す構図がちゃんとあったと思います」

「お祈りメール」とは、会社が学生に対して出す、就職面接の結果の「不採用通知メール」のこと。不採用の旨を述べた後、「●●様の今後のご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます」と締めるものであった。
それが今は「不採用通知メール」すら送られないこともあることから、「サイレントお祈り」と呼ばれている。

「ぼくが新卒で就職して会社の部署に配属されたときは、上司から『コピーライターが向いてないと思ったら辞めちゃえよ』『下育てる気ないから』などと言われたものです。でも言った分だけ、ぼくの手を離さなかった。遅く拙い仕事に最後まで付き合ってくれたものです。本来接触しないと、人の価値観や社会観、人生観はわからないですよね。わからないからわかりあいたいと思う。


しかし今は、若者は狭いコミュニティの中で生きているまま。大人もそれに手をかけようともしない。大人も若者もどっちもどっちですけどね。ただ取り返しのつかないボタンの掛け違えが繰り返されているような印象を持ちます」


学生は狭いコミュニティの中で生きている。


就活生を悩ませる「コミュ力」の本当の意味 コピーライター山本高史さんインタビュー

「いつも学生たちに話していることをお話しします。
彼らの熱望しているコミュニケーション能力とは、他人に自分の意見を伝えることができるということだけではなく、その実は『異なるコミュニティとつながる能力』です。

彼らの友達は皆、同世代で同じような環境にいるものですから、言葉にあまり神経質にならなくても通じ合えます。しかし言葉は、言ってみれば自分たちのコミュニティ内でしか伝わらない暗号みたいなもの。例えば『今日、A先生怒ってたね』『まあよくあることだよ』という会話が学生間であったとして、それが過不足なく伝わるのは同じ授業を受ける者同士。他学部の学生には『どういうこと?』となるし、学校の外に出れば興味すら持ってもらえない。A教授が怖かろうと優しかろうとどうでもいいのです。


ぼくらの業界内の『今年のカンヌがさあ』という会話も同種のものですが。そこからも言葉のある有限性が見て取れます。学生たちは、そうした狭いコミュニティの中で生きているので、またそれが普通だと思っているので、コミュニティを越えて通じ合う経験も意欲も少ない。だから、コミュニケーション能力は幼いままということになります。

そこでいきなり就職活動で見ず知らずの面接担当者との共通言語がない状況に直面すれば、戸惑うのも当然です。企業が何を求めているか、目の前のおじさんが何を言って欲しいのかなど推測もできない。
そんな現場で彼らは初めて本当のコミュニケーション能力の意味に漠然とですが気がつくことになるのです。事実学生たちを悩ませているのは、まさしくそのような他コミュニティとの壁だと思います。

先ほどからお話ししているように、企業側から手を差し伸べてくれることなど期待できません。学生たちは自分の努力で『壁』を越える力を手に入れることが、この上もなく必要になってくるわけです。ところがこれは実は学生や就活に限った話ではないのだと思っています。彼らに、さもわかっているかのような顔で講義をするぼくにも共通の問題です」


コミュニケーション能力は「知る」ことから始まる。


では、どうすれば自分のコミュニティに安住している学生たちが、就活で人事担当者に自分の考えを伝えることができるだろうか。

「ここからはお勉強みたいに聞こえちゃうかもしれないんですが、ちょっとだけ我慢してくださいね。

先ほどお話ししたように、コミュニケーション能力というと、『表現する⇒伝える』ことだけだと思っている人が多いですが、実は『知る』ことが前提なのです。知っているから考えることができる。考えるから表現できる。表現するから伝えることができる。その流れを想起しただけでも『知る』ことの重要性がわかると思います。例えば『ひらめき』という言葉は魅力的な響きですが、実は思い出しているだけ。知らないことは思い出すこともできない。ましてひらめくなんて、というわけです。

つまり、コミュニケーション能力を望む時に欠くことのできないものが、知っていること。そして知っていることを増やすこと。そうすればよりよく『考える』ことができます。逆に言えば『知る』が乏しければ、『考える』も痩せたものになることは自明のことかと思います。そしてその後、やっと『表現する⇒伝える』ことができるのです。『勉強』とはまさにそのためにあるのです」

「知る」とは知的経験値を積むことである。


「しかし『勉強』とは学校ですることだけではありません。『知る』を充実させることとは『知的経験』を重ねることに他なりません。学校の勉強もその重要な一つですが、仮にできなくってもわけわかんなくても意味があると思うのです。例えば哲学にしても『こんなもの役に立つのかなあ』と思うかもしれないけど、世の中はわけのわかんない法則でできているんだなあと知ること自体が脳の経験、つまり『知る』ことなんです。

具体的にお話しします。

経験を重ねるには、通例『実体験』と『疑似体験』の2つがありますが、実体験は時間に比例するので効率が悪いです。疑似体験の場合も、映画だと2時間ほど、本を読んでも3~4日はかかります。また、作品はしょせん作者の主観から見た世の中や人物であるため、常に修正しないといけません。どちらも大切なことですがそれだけでは十分とは言えません。

そこでおすすめなのが『脳内経験』、つまり『考えたという経験』をすることです。

ぼくは学生たちに教室で、抜き打ちに『今日、学校に来るまでに何を見た?』と聞くのですが、彼らはたまたま目に入った事物や事象のことは話せても、自ら見ようとはしていない。家を出てからの膨大な情報量は『考える』きっかけになります。例えば電車に乗り合わせたサラリーマンの表情でも、吊り革でも、道端のゴミでも。それをふいにするのは、つまり知的経験値を上げるチャンスを通り過ぎるのは、実にもったいない。

『何かを発見したら驚いたり疑ったりして、そこから自分で考えて感想や意見を持つようにしよう』と言っています。考えたら考えた分だけ、知的経験値が上がるからです。考えた経験をする前の脳と考える経験をした後の脳の、どちらがよりよく考えられるかは自明のことだと思います」


「知る」を増やすことで人の気持ちに近づける。


少し話がそれたので、もう一度話題を就活に戻してもらった。

「自分のゼミでは、毎年『就活は自分のプレゼンだと思え』と指導しています。自分という商品を、受け手である企業にどうやって買ってもらうかをプレゼンするのです。広告と同じように、自分のベネフィットを明確にして優位性・差別性を伝えるのです。他の就活生は競合相手です。面接担当者が『さっき聞いたような話だな』と飽きさせるようなやり取りでは俎上(そじょう)にも載せてもらえません。まさに自分広告です」

山本さんは最後にまとめてくれた。

「ぼくのコミュニケーションにおける基本的な考え方は『受け手の言って欲しいことを言ってあげる』です。言って欲しいことを言ってあげるためには、当たり前ですが、相手が何を言って欲しいかを知らなければなりません。『知る』の出番です。そのためにはまず経験を重ねること。勉強も映画も読書も『考えた』という経験も。それを自分の脳に蓄積することを楽しんで怠らないこと。小手先だけの工夫ではなかなかうまくいきません、就活も人生も。彼らもぼくらも、ですね」

(石原亜香利)


取材協力
就活生を悩ませる「コミュ力」の本当の意味 コピーライター山本高史さんインタビュー

山本 高史さん
株式会社コトバ
クリエイティブディレクター/コピーライター
関西大学社会学部教授
1961年生まれ。TCC最高賞、TCC賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞、ADC賞など受賞多数。
主な仕事に、オリンパス「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ。」、三井住友海上「未来は、希望と不安で、できている。」など。
著書に『案本』、『伝える本。』、小説『リトル』、『ここから』(共著)など。2016年9月に『広告をナメたらアカンよ。』(宣伝会議)を発売。