美容師。華やかなイメージが強く人気のある職業ですが、その一方で日々の仕事は厳しく、離職率の高い職種としても知られています。
今回はそんな美容業界について、3人の美容師に話を伺った。

離職率の背景に過酷な下積み期間


「睡眠時間は平均3~4時間」美容師の過酷な労働環境と価格競争
匿名での取材に応じてくれた元・美容師のKさん

埼玉県内の美容室に勤めていたKさん(女性・26歳)は、若手美容師の技術を競う大会で全国大会にも出場し、将来を期待されていたが、激務の末に体調を崩し、入社から二年半で退職した。

「給与や休日などの条件はお店によってもちろん違いますが、私がいたお店では基本的に連休は取れませんでした」
 
当時のKさんはアシスタントという下積みの立場だったので、休日にも練習をする必要があり、それとは別にコンテストが近ければそれに向けた練習もあった。あくまで練習であり、仕事ではないので、その時間の給料は出ない。練習台になってくれるモデルも自分で声を掛けて探した。仕事のある日も勤務時間後には何人かの先輩美容師に見てもらいながら練習を行い、勤めていた2年半の睡眠時間は平均3~4時間ぐらいだったという。

「仕事自体は今思い出しても楽しく、本当に夢中になってやっていたのですが、最後には体がついていかずにやめてしまいました。
好きだからというだけで続けていける範囲を越えていましたね」と、Kさんは寂しげに当時を振り返る。
その過酷さは離職率の高さにも現れており、Kさんのいた店のグループに同期で入社した9人のうち、今も勤めているのはわずかにひとりだけだ。

「お店としては『決して新人を使い捨てたいと考えていたわけではなく、入社した以上は長く勤めて欲しいし、最終的には経営陣にも加わって欲しい』という期待も持っていたそうです。けれどそれがなかなか上手くいかず、お店としても困っている様子でした」

店としても離職率を下げたい。しかしその方法が見つからないという状況に陥っている。

「長く勤めている美容師の方々は、みんな苦しい下積み時代を経て、一人前の美容師として活躍しています。
私や辞めていった同期たちにとって、あの時期はあまりにも過酷すぎましたが、だからこそ、それを乗り越えてきた人たちのことは本当にすごいと思いますし、尊敬もしています。とはいえ『採用した以上は長く勤めて欲しい』というお店の思いが、もしも本当であるなら、今のやり方のままでは恐らく難しい。『自分たちが経験した苦労は後輩たちも乗り越えて当然』という姿勢ではなく、『自分たちが苦労して出来るようになったことを、次の世代がいかに効率よく身につけていけるか』ということを考えて教育体制を効率化させていかなければ、離職率が下がることはないのではないかと私は思います」


美容師の過酷さと、やりがい


「睡眠時間は平均3~4時間」美容師の過酷な労働環境と価格競争
画像はイメージ

東京都内の美容室に勤めるFさん(男性・26歳)は、「確かに過酷な部分もあるし、拘束時間は長いし、休みだってもっと欲しい。貯金もなかなか増えていきません。今年の春に入社した新人は一週間で辞めてしまいましたし、僕自身、他の仕事に憧れることがまったくないといえば、それは嘘になります」と語る。

一方で、美容師としてのやりがいは、もちろんあるという。
「仕事の中では、髪を切りながら仲良くなったお客さんが自分の名前を覚えてくれた時や、時には『好きな男の子が居て』とか『息子がこのところ思春期で』みたいな、心のなかに溜め込んだモヤモヤを吐き出してすっきりしてもらえた時。
見た目ももちろん綺麗になって、来る前よりも良い気分にで帰ってもらえた時なんかは、美容師をしていて良かった、すてきな仕事だなと強く思います。それでも美容師という仕事ならではのやりがいや喜びといったものも、やっぱりありますから、自分はこれからも美容師を続けていきたいですね」

低価格競争よりもサービスの質で競い合いたい


美容師の高い離職率とは裏腹に、美容室の数は全国に約23万店舗と非常に多く、これはコンビニエンスストアの4万6千店舗の約5倍にものぼる。
店舗数が増えれば必然的に価格の面でも競争が起こるのはどの業界でも同じだ。しかし過度な価格競争は業界全体の収入を減少させ、結果的に自分たちの首を締めることにもつながる。
 
美容業界でも現在、インターネットのクーポンや低価格メニューなどが増え、消費者としてはありがたく感じる部分も確かにあるのだが、関西の美容室に勤めるTさん(男性・28歳)さんは、そんな現在の美容業界における価格競争の在り方に対して警鐘を鳴らす。

「このところの低価格メニューの提供や商品の安売りは行き過ぎているように感じます。
美容室の数が多ければ競争は激しくなり、競争相手が増えれば他店との差別化を考えていかなければいけない。ここまでは分かります。けれどその差別化を低価格競争という形ばかりでやるべきではありません。それよりも身につけた技術の高さであったり、接客の魅力、お客様にどれだけ価値ある体験をしていただけるかという点で競い合うことを私は望みます」

(辺川 銀)