「産後クライシス」という言葉もあるように、出産後の約2年間は、夫婦の関係に亀裂が入りやすい時期として知られています。
出産後もパートナーと良い関係を築いていくために、男性にできることは何があるのでしょうか。

そこで今回は「産後ケア教室」を運営し、産後女性の身体と心のサポートを行う、NPO法人マドレボニータ 理事の林理恵さんにお話を伺ってきました。

「産後は全治1ヶ月の負傷状態と同じ」 男性にこそ知ってほしい産後ケア
林理恵さん

産後の三大危機


――産後に起こりがちなトラブルにはどのようなものがあるのでしょうか?

「代表的なものとして、産後うつ、夫婦の不和、乳児の虐待の3つがあります。私たちはこれを産後の三大危機と呼んでいます」

――産後うつになる人はどのくらいいるのでしょうか。

「産後うつになる女性の割合は11人にひとりというデータが厚労省から出ています。これだけでも見逃せない数値ですが、私たちが取ったアンケートでは『診断はされていないが産後うつに近い状態だった』という回答が8割ほどありました。かなり多くの女性が産後、精神的な不調を感じています。また産後うつは女性だけのものだと思われがちですが、実は男性にも起こることがあります」

――夫婦の不和はどのようなものですか。


「女性は妊娠中、お腹に赤ちゃんがいるので、母になる実感が少しずつ湧いてくるケースが多いですが、男性の場合は生まれるまでは実感を持ちにくい傾向にあります。生まれた後も、子育てについては共に初めての事ばかりなのですが、女性と男性の意識の差から、男性は取り残されていくケースも多いです。その結果、女性から見ると『何もやってくれない』、男性から見ると「妻は子供の事ばかりで俺だけのけ者に」というような気持ちになり、すれ違ってしまう。子供がいる夫婦が離婚するのは産後2年以内が最も多いというデータも物語っています」

――そして乳児の虐待。

「乳児の虐待については、心中以外で虐待した子ども全体のうち、0歳児の割合は約4割を占め、その加害者は6割が実母です。こうした危機はそれぞれの人にとって『ある』と『ない』のどちらかにキレイには分かれません。
グラデーション状態になっていて、『ニュースで報じられるほど重篤ではないけど、私にも多少当てはまる』と感じている人が大半です。これらの産後危機は、出産によって女性の身体や心がどのように変化するのか知らないまま出産してしまったことで起こる問題だと私たちは考えています」

「産後は全治1ヶ月の負傷状態と同じ」 男性にこそ知ってほしい産後ケア


産後の女性は全治1ヶ月の傷を負っているのと同じ


――産後、女性の身体には何が起きているのでしょうか。

「妊娠中とは違って見た目はわかりにくですが、産後、女性の身体は全治1ヶ月の傷を負っているのと同じ状態です。具体的には、出産直後に胎盤というお好み焼きくらいの大きさの臓器が剥がれ落ちます。胎盤が剥がれた後、子宮内膜から出血や残留物である悪露が6-8週間、出続けます。さらにホルモンの急激な変化もあります。ホルモンは妊娠前にも月経に伴って変化しています。
妊娠前の変化が例えば地上から20階建てのマンションくらいの変化だとすると、妊娠、出産を経て産後を迎えた時の変化は地上からエベレストくらいの変化に例えられます」

――エベレストぐらい!

「そんな身体の状態で、世話をしなければ生きていけない赤ちゃんを育てるわけなので、その責任と重圧で緊張状態が続きます。どうして寝てくれないんだろう、どうして泣いているんだろうと、理由の分からないことの連続、授乳の間隔も短く睡眠不足にもなります。外出せずに家にこもらざるを得ない期間が1ヶ月ぐらいあるので、『自分は社会に復帰できるんだろうか』という孤立の不安にも襲われます。そんな時期に周りのサポートがなければストレスがどんどん溜まりますし、ストレスが溜まればホルモンの変化による影響もさらに大きくなり、悪循環に陥ります。そうなると本当に物事が否定的にしか見えなくなり、先程説明した産後危機というものも起きやすくなります」

「産後は全治1ヶ月の負傷状態と同じ」 男性にこそ知ってほしい産後ケア


男性に求められる役割は「産褥ヘルプのプロジェクトマネージャー」


――出産に伴うパートナーの心身の変化について、男性はどのように理解し、接することが望ましいのでしょうか?

「何はともあれ、出産前から情報共有と準備が必要です。特に妊娠した女性は準備の段階から『自分が全部責任を持ってやらなければ』とひとりで抱え込みがちです。
男性から積極的にコミュニケーションを取って、二人で一緒に準備をするということがとても大切です。ご家族やご友人も交えて、みんなで備えることができればなお良いと思います。知らないまま、備えないままでいることで産後危機のリスクが上がりますが、逆にいえば、きちんと備えてさえいれば怖くはないんです」

――具体的にできる備えとしてはどのようなものがあるのでしょうか。

「退院してから産後6−8週間までを産褥期と呼びますが、その期間に“産褥ヘルプ”をしてくださいとお話ししています。先程もお話ししたように、産褥期の女性は身体をとにかく休ませなければいけません。この間の家事や授乳以外の育児は、女性はしないほうがいいですし、男性が育休を取れたとしても、ひとりで全部はとてもこなせません。
今は行政やNPOによる産後家庭向けの派遣サービスをやっていますし、家事代行の大手にも産後向けのコースがあります。そういったプロの手を借りることも交えつつ、自身でもご家族やご友人などの仲間を募って、産褥期にみんなで交代で赤ちゃんの世話や家事を手伝ってもらうことを推奨しています」

――両親だけ、ではなく、コミュニティを作って育児をしていく。

「人手が必要な時期ですから、多くの人に来てもらえると男性にとっても楽になりますし、すでに子育てを経験している方に来てもらえれば、沐浴やおむつ変えのやり方を教えてもらうこともできます。この時期の女性は子育てのことをとにかくひとりで抱え込みがちですが、男性が他の方から教えてもらい、できるようになることで、『母親の自分が全部やらなければいけない』というプレッシャーも少なくなります」

――確かに。男性も同じテンポで育児ができるようになっておけば、女性がひとりで抱え込む事も少なくなりそうですね。

「そしてこの産褥ヘルプがひとつのプロジェクトだとすると、そのプロジェクトマネージャーというのが男性にやって欲しい役割です。
家の中のどこに何があるのかを来てくれる方にあらかじめ伝えておいたり、いつ誰が来てくれるのか日程表を作ったり、誰かが急に来れなくなった時の調整などといった役割をしてもらうのがいちばん良いですね」

――具体的に何をすればいいかが分かっていると、男性としても安心感があります。

「最後にお伝えしたいのは、生まれてきた大切なお子さんをご夫婦だけでなく、家族や仲間みんなで育ててほしいという事です。そのためにも、まずは男性が主体性を持って出産や産後に備える、率先して家族や仲間との関係性を築く。そんな男性を女性は子育てのパートナーとして頼もしく思うのではないかと思います」

(辺川 銀)

取材協力:NPO法人 マドレボニータ
http://www.madrebonita.com

「マドレボニータ」が提案するスマホアプリ「ファミリースタート」を使った出産と産後の準備を学ぶ講座が東京ウィメンズプラザフォーラムで開催予定。
https://madrebonita.blogspot.jp/2017/08/blog-post.html